"推したい"婚約者

2章「vs後輩」_6話

(片付けを終わらせておいてよかった)

アンジュは手伝ってくれた次兄と彼の相棒に感謝の念を送っていた。

ざぶん。アルフレードが湯船に浸かる音が聞こえてきた。アンジュは先に入浴を済ませ、ダイニングテーブルで彼を待っているところだ。
本当は客人であるアルフレードに先に入浴を進めたのだが、彼は『少し考え事をしたい』というので言葉に甘えることにした。湯船に溜めたお湯に浸かれば、熱に痺れる感覚が通る。心地よさに間抜けな声が漏れ出た。身体も心も緊張がほぐれた。

アルフレードの服問題は、今まで集めてきた推しアイテムが解決に導いた。
地元の店で見つけたバスローブだ。一眼見て『絶対に似合う!!』と即購入した代物。妖精が茎の産毛から紡いだ糸と綿で織られた一級品。肌触りはとても良く、保温や保湿にも優れている。混乱して忘れていたが、ゆっくり湯に浸かっているとふいに思い出された。お風呂の力は偉大である。

(あれなら…!)

アンジュは湯から上がり、着替えると颯爽と自室へ走る。宝箱からバスローブを取り出し、アルフレードに差し出した。彼は突然現れたそれに驚きを示したが、とにかく着るよう言えば、言われるがまま、袖を通す。服の上から着るとピッタリのサイズであった。素肌ならば少し布が余るが、許容範囲のはずだ。
柔らかく、温かみのあるバスローブをアルフレードも気に入り、今晩のパジャマになった。
アンジュは過去の自分を褒め称えた。
念の為大きめの膝掛けや毛布も用意し、アルフレードが座っていた向かいの椅子に置いてある。

目の前には、まだすこし湯気が立っているマグカップ。つい先程までアルフレードが使っていた。時折浴室から聞こえてくる水音も、今この借家に彼がいるのだと強く実感させられる。
妙な感覚にアンジュは落ち着けず、淹れたお茶を何度も口に運ぶ。

浴室の引き戸が開く音が聞こえてきた。

しばらくすると、アルフレードが姿を現した。脱衣所から出てきた彼の姿を見て、アンジュは息を呑む。うっすら日焼けが残る肉体に、彫刻のようなメリハリのある筋肉。タオルで拭き逃した水滴がつたう。それらが、シワのない純白のバスローブに包まれている。色気を通り越し"美"の一単語に尽きる。

(妄想が現実になったぞ?)

アンジュの背中に、変な汗が流れる。
アルフレードは彼女の隣の席に座った。

(え?なんで?)

初めてのシチュレーションばかりだ。まるで本で読んだ、恋人とのお泊まりシーンそのもの。緊張が高まり、アンジュは背筋を伸ばした。

「アンジュ」

「はい」

上擦った声が出た。アンジュは再びお茶を含み、口を潤す。

「今日は色々と、済まなかった。約束を守れなかったり、急にわがままを言って」

「本当に気にしないで!泊まりは驚いたけど、新鮮だし。…それで話したいことって?」

迷惑だと思っていない。彼のわがままなら大歓迎だ。今はなにより"話したいこと"の方が重要だ。アンジュは身体の向きを変え、アルフレードと向き合う。
アルフレードは意を決して口を開いた。

「5日前、俺が女性といるのをアンジュが勘違いしていると聞いた。その話がしたい」

アンジュは目を見開く。なぜ知っているのか。彼にセオドアから教えてもらったと言われ、アンジュは頭が痛くなった。
次兄セオドアは兄弟の中でも、家族への愛情が深い。誰かが困っていれば、自分が悪役になってでも助けようとする。弟妹は過保護の域。アルフレードへの態度も未だ荒い。そんなセオドアが、アルフレードが妹以外の女性といたと知ればどうなるか。ご覧の有様である。

「あの日は、訓練もそこそこに買い出しに行かされたんだ。仮配属の2人と一緒に。途中でロザリーが足を挫いて、それを支えただけだ。嘘だと思うかもしれないが、本当にそれだけ。2人にも聞いてもらって構わない」

「大丈夫!アルフレード、わかってるよ」

頭を下げていくアルフレードを、アンジュは止める。
確かに、勘違いはした。一瞬だけ。
今までの付き合いや、アルフレードの性格から無いと判断した。さっきまで忘れていたほどだ。

「君は誠実な人だ。婚約者がいながら、他の人と付き合ったりしない。できたなら、事前に話してくれるし、婚約を解消してから付き合う、でしょ?」

軍学校時代、筆記試験で点数が下がろうが、教官の採点ミスを申し出るほど素直なアルフレード。女性からの告白も、呼ばれた場所に出向いて断っていた。
今夜もアンジュの誤解を解きに、わざわざ走って来てくれたのだ。婚約者自身が何も言わなかったのだから、知らないふりもできたはず。自分の立場が悪くなろうと、正面から向かっていく。そんなアルフレードが、隠れて恋人を作るはずがない。

「君が私を信頼してくるたように、私もアルフレードを信じてるよ」

はっきりと自分の思いを伝える。
アルフレードは、瞬きを繰り返す。首を横に傾げ、眉を顰めた。

「………………聞き、間違いじゃなければ…君は今、いつか君以外と付き合い、結婚するって言ったのか?」

今度は、アンジュが数度ぱちぱち瞬きを繰り返した。「うん」と短く答える。
アルフレードの目が大きく見開かれる。

「だって…未来はわからないじゃない?これから、もっと色んな人と出会うんだ。驚くほど優しい人、目が潰れるような美しい人、呆れるぐらい頭のいい人…。その中で、本当に好きな人ができるかもしれない」

「ほんとう、にすきなひと?」

「そんな、もしもの話だよ」

「待ってアンジュ」

「ない話じゃないでしょ?…私だって、ずっと仲良く暮らせるなら幸せだと思ってる」

「アンジュ」

「それでも、君が幸せなら私はー」

アルフレードの手が伸び、アンジュの口を塞いた。血の気が引き、真っ白になった彼の顔。決意の表情も今は崩れて、目が涙て潤んでいる。
流れで色々と話してしまったが、何か誤ったのだとアンジュは悟った。
重々しい沈黙が流れる。

「…………………アンジュ。きみは、俺の婚約者だよな?」

「うん」

「そして、恋人」

「そう、だね」

「?…アンジュにとって好きなー…ぁ」

「アルフレード?」

アルフレードは黙り込んだ。何度も呼びかけるが、アルフレードは一点を見つめたまま動かなくなった。

「…………………とりあえず。もう休もう?明日も、あるんだし」

アンジュは毛布なども抱えアルフレードを立たせ、2階の客室に引っ張っていく。客室にアルフレードを案内し、毛布を渡す。歯ブラシやタオルも用意してある旨を伝え、「おやすみなさい」と客室の扉を閉じた。
アンジュも自室に戻り、明日の支度に取り掛かる。洗濯物を機械に入れ、洗う。歯を磨き、服を用意している間、アンジュの頭の中はアルフレードのことばかり考えていた。

(なにを間違えたのかな?)

部屋の明かりを消し、ベッドに寝転ぶ。夕食の、アルフレードとの時間が思い出され、アンジュは顔を顰めた。

(楽しかった時間を台無しにしてしまったな。今夜する話じゃなかった。……もしかしたら朝いないかも)

もちろん、アルフレードはそんなことをする人物ではない。しかし先程の様子が普段と違っていた。状況が変われば、行動も変わる。アンジュは身に染みている。

(私のバカ)

アンジュは布団を被り、目をつぶった。
なかなか寝付けず、ゴロゴロと柔らかなベッドの上で寝返りを打つ。



時間も大分経った頃。ようやく眠気が訪れる。揺れる意識の波に導かれるまま、アンジュは意識を手放してゆく。



ぎゅっ。
そんな優しい感覚に、緩く意識が浮上する。身体が何か、温もりのあるに包まれている。

(……また…もう…)

ポエテランジュの12匹の子供たち。
長くブルナー家と過ごしてきた習慣か、癖か。寝ている時に精霊界にある巣ではなく、いつの間にかベッドに潜り込んでいる。大抵寝ぼけて転移するか、悪戯が過ぎて母親が怖くて帰らないか。
アンジュは腕を伸ばした。いつもはふわふわした毛触りだが、今夜はなんだか少し硬い。

(これはいたずらしたな)

絵の具か泥がついたまま、朝起きたら洗ってやらねば。夢現に思いながら、眠気には敵わないとアンジュは温かみに布団をかけてやり、深く抱きしめてから再び眠りについた。
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