シンデレラ・スキャンダル
「また手を出して女の方が騒いで辞めたんですよね、絶対。なんか賛成できないんですけど……でも、直前になってやっぱりやめたって言いだしそうですもんね」

 やっぱり彼女も卓也という人間をよくわかっている。その気まぐれな男は、有言不実行。会わせたことはないけれど、ここまで理解していれば十分。わたしが発する言葉は、「そうね」これだけでいい。

 時には三か月ももたずに卓也の秘書たちは辞めていく。悪びれもせずに「他にも女がいるってばれた」と笑う男を最低だと思いながらも、わたしは男の腕の中。

 自分の中の隙間を埋めたいだけ。その隙間の正体もわからないのに、ただ埋めたくて、その腕の中に落ちていく。重ねれば重ねるほどに虚しくなることはわかっているのに。

「綾乃さん? ハワイ、どうするんですか?」

 ふと顔を上げた先、目の前には栞ちゃんの顔。横に視線をずらせば、自分のパソコンがある。その中にはわたしの数年間のデータが詰まっている。

「せっかくの退職祝いなのに」

 栞ちゃんのその一言が、胸の奥の小さな(とげ)に触れた。そう、今日はわたしの退職日。人生の区切りの日だ。それなのに、わたしはまた、あの男の都合で惨めな思いをするのか。

(……嫌だ。今回だけは)

 携帯電話を握りしめる手に、じわりと力がこもる。プラスチックがきしむ音が、静かなオフィスに響いた。

「栞ちゃん、わたし——」

 顔を上げる。自分でも驚くほど、声は震えていなかった。

「一人で行ってくる」

 返事なんて待たずに、送信ボタンを押す。画面が暗転し、自分の顔が映り込んだ。 その表情は、久しぶりに少しだけ、生きているように見えた。

 デスクの上のすべてをバッグに詰め込むと、ヒールの音も高らかに、栞ちゃんと一緒にオフィスを後にした。
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