恋愛アルゴリズムはバグだらけ!?~完璧主義の俺が恋したらエラー連発な件~

第10話 ユーザビリティテスト:第三者の意見聴取

クッキー作りから一週間後。



 俺──田中優太は、研究室で一つの重大な問題に直面していた。



「どうやって気持ちを伝えればいいんだ……」



 画面には新しいファイルが開かれている。



【告白計画 ver.5.0】



 しかし、これまでのような詳細なスケジュールやデータ分析はない。代わりに書かれているのは、たった一行だけだった。



「素直な気持ちを伝える」



「……それが一番難しいんだよな」



 俺は頭を抱えた。アルゴリズムやデータなら得意だが、感情を言葉にするのは未知の領域だった。





「よう、優太。また悩んでんのか?」



 大輔が俺の席にやってきた。最近の俺の様子を見て、察してくれているようだ。



「実は……静香に告白しようと思ってるんだ」



「おお! ついに気づいたか!」



 大輔は嬉しそうに手を叩いた。



「でも、どう伝えればいいか分からない」



「どう伝えるって……『好きです』でいいじゃん」



「そんな単純な……」



「単純で何が悪い? 恋愛に複雑なアルゴリズムなんていらねーよ」



 大輔の言葉はいつものように直球だった。



「でも失敗したら……」



「失敗したら次があるさ。お前、石倉さんの件で学んだだろ?」



 確かにその通りだった。歩美への告白は失敗に終わったが、そのおかげで本当の気持ちに気づけた。



「山田さんとは、もう十分仲良くなってるじゃん。あとは気持ちを伝えるだけだよ」







 昼休み、俺は高橋先輩に相談することにした。



「田中くん、恋愛相談ですか」



「はい……今度こそ、本当に大切な人に気持ちを伝えたくて」



「今度こそ、ということは前回は違ったんですね」



「ええ。前回は憧れでした。でも今回は……」



「今回は?」



「一緒にいて自然でいられる人、一緒に未来を歩みたい人です」



 高橋先輩は優しく微笑んだ。



「それは素晴らしいことですね。で、何に悩んでいるんですか?」



「告白の方法です。どうすれば気持ちが伝わるでしょうか」



「田中くん、告白で一番大切なことは何だと思いますか?」



「……相手に気持ちが伝わることですか?」



「はい。そして気持ちを伝える最良の方法は、普段からの行動です」



「普段からの行動?」



「相手を大切に思う気持ちは、日常の小さな行動に現れるものです。田中くんはもうそれを実践していませんか?」



 

 その日の午後、歩美が俺に話しかけてきた。



「田中先輩、最近本当に変わりましたね」



「そうかな?」



「はい。以前は私に対して緊張してらっしゃいましたが、今はとても自然です」



 歩美の心理学専攻らしい鋭い観察だった。



「それに、図書館の山田さんのお話をされる時の表情が……」



「表情?」



「とても優しいんです。心から大切に思ってらっしゃるのが分かります」



 歩美は微笑んだ。



「山田さんも、きっと先輩のお気持ちに気づいてると思いますよ」



「本当に?」



「はい。女性の直感です」



 歩美の言葉に、俺は少し勇気をもらった。







 その日の夕方、いつものように図書館を訪れた。



「田中さん、お疲れさまです」



「こんにちは、山田さん」



 静香は相変わらず優しい笑顔で迎えてくれた。



「今日は何の本をお探しですか?」



「実は……相談があるんだ」



「相談?」



「人に大切なことを伝える時って、どうすればいいと思う?」



 静香は少し考え込んだ。



「大切なことですか……」



「ああ。とても大切で、でも伝え方が分からなくて」



「私は……素直に、自分の言葉で伝えるのが一番だと思います」



「素直に?」



「はい。技術やテクニックより、気持ちがこもっていることが大切だと思います」



 静香の言葉は、いつも俺の心に響いた。



「田中さんは、いつも一生懸命ですから、きっと相手にも伝わりますよ」







 翌日、図書館で衝撃的な光景を目にした。



 静香が、見知らぬ男性と楽しそうに話していたのだ。



 男性は背が高く、爽やかな印象。明らかに俺よりもイケメンだった。



「……誰だ?」



 俺の心に、今まで感じたことのない感情が湧き上がった。嫉妬。



 二人の会話が気になって仕方がない。俺は本を手に取るふりをして、彼らの近くに移動した。



「ありがとう、静香。助かったよ」



「いえいえ、気にしないでください、和彦さん」



 和彦? 下の名前で呼び合っている。



「今度、お礼にお茶でもどう?」



「お茶……」



 静香が少し困ったような表情を見せた。その時、彼女が俺に気づいた。



「あ、田中さん」



「こんにちは……」



 俺の表情は硬直していただろう。



「田中さん、こちら従兄弟の和彦です。和彦、こちら田中さん。いつもお世話になってる方です」



「従兄弟……」







「初めまして、山田和彦です」



 和彦は爽やかに挨拶してくれた。



「田中優太です」



「静香からよく話を聞いています。研究熱心で素敵な方だって」



 静香が俺のことを話していた?



「静香、俺の恋愛相談に付き合ってくれてありがとう」



「恋愛相談?」



「ええ。好きな人への告白方法で悩んでて」



 和彦の言葉に、俺はほっとした。彼は静香のライバルではなく、相談相手だったのだ。



「じゃあ、俺はこれで。ありがとう、静香」



 和彦が去った後、静香が説明してくれた。



「従兄弟なんです。恋愛で悩んでて、相談に乗ってたんです」



「そうか……」



「田中さん、もしかして心配してくれたんですか?」



 静香の問いに、俺は正直に答えた。



「……ああ。君が他の男性と親しそうにしてるのを見て、嫉妬した」



「嫉妬……」



 静香の頬が少し赤くなった。





「山田さん」



「はい?」



「俺は……君が大切だ」



 突然口から出た言葉に、俺自身も驚いた。



「田中さん……」



「今まで恋愛をデータで考えてきたけれど、君といると違うんだ。自然体でいられて、一緒にいると幸せで……」



 言葉が止まらなくなった。



「君のことを考えない日はない。君の笑顔を見ると安心する。君がいてくれるから頑張れる」



 静香は静かに俺の話を聞いてくれた。



「俺は……君を愛してる」



 ついに言えた。データでもアルゴリズムでもない、心からの言葉を。







 しばらくの沈黙の後、静香が口を開いた。



「田中さん……」



「もし迷惑だったら……」



「迷惑なんかじゃありません」



 静香は微笑んだ。



「私も……田中さんのことが好きです」



「本当に?」



「はい。最初にお会いした時から、なんだか放っておけない方だなって思ってました」



 俺の心に、今まで感じたことのない喜びが溢れた。



「田中さんの一生懸命さ、優しさ、時々見せる不器用さ……全部が愛おしくて」



「静香……」



「私でよろしければ……」



 俺は静香の手を取った。彼女も俺の手を握り返してくれた。









その夜、俺は最後のファイルを作成した。



【恋愛アルゴリズム Final Version - Love.exe】



処理内容:



while(true) {

相手を大切に思う();

自然体でいる();

素直な気持ちを伝える();

一緒に幸せな時間を過ごす();

}



実行結果:Successfully connected to 山田静香



システムメッセージ:恋愛アルゴリズム開発プロジェクト、正常終了





 翌日、研究室で俺は大輔に報告した。



「マジか! ついにやったのか!」



「ああ。君のアドバイスも参考になった」



「当然だろ! で、どうだった?」



「素直に気持ちを伝えたら、彼女も同じ気持ちでいてくれた」



 歩美も祝福してくれた。



「田中先輩、おめでとうございます! とてもお似合いです」



「ありがとう、歩美」



「私の恋愛心理学的分析も当たってましたね」



 高橋先輩からも祝福を受けた。



「田中くん、良かったですね。普段の行動が実を結んだんです」



「先輩のアドバイスがあったからです」



「これからが本番ですよ。お互いを大切にしてください」



 みんなに支えられて、俺は本当の恋愛を見つけることができた。





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