恋愛アルゴリズムはバグだらけ!?~完璧主義の俺が恋したらエラー連発な件~

第9話 新機能追加:友達として歩美をサポート

土曜日の朝。



 俺──田中優太は、静香の家へ向かう電車の中で、緊張していた。



 しかし、これは今まで感じていた「失敗を恐れる緊張」とは違う。「楽しみにしている緊張」だった。



「クッキー作り……俺にできるかな」



 手先は器用な方だが、料理は全くの素人。しかし静香が教えてくれるなら、きっと大丈夫だろう。



 ポケットの中にはメモ帳と筆記用具。いつものように「学習の記録」を取るためだ。……いや、今回は違う。純粋に楽しみたいと思っている。



《Info:学習モードから体験モードに切り替わりました》











 静香の家は小さなワンルームだったが、本がきれいに整理され、観葉植物が置かれた温かい空間だった。



「いらっしゃい、田中さん」



「お邪魔します」



 エプロンをした静香を見て、俺の心臓が静かに高鳴った。いつもの図書館での姿とは違う、生活感のある彼女の姿がとても魅力的だった。



「材料は全部揃えてあります。まずは手を洗って、エプロンを……」



「エプロン?」



「はい、汚れないように」



 静香が差し出したのは、明らかに女性用のエプロン。花柄だった。



「これ……男が着けても?」



「大丈夫ですよ。私の兄が使ってたものなんです」



 そう言われると断りきれない。俺は覚悟を決めてエプロンを着けた。



「似合ってます」



 静香が微笑んだ。その笑顔を見ると、エプロンの恥ずかしさなどどうでもよくなった。











「まずは材料を量りましょう」



 静香が小麦粉、バター、砂糖、卵を並べる。



「小麦粉は200g、バターは100g、砂糖は80g……」



 俺はメモを取ろうとして、静香に止められた。



「田中さん、今日はメモより体で覚えませんか?」



「体で……?」



「料理は感覚も大切なんです。触った感じとか、匂いとか」



 静香の提案に従い、俺はノートを閉じた。



「まずバターと砂糖を混ぜます。手でやりましょう」



「手で?」



「はい、温度で溶かしながら混ぜるんです」



 静香が手本を見せてくれる。彼女の手つきは慣れたもので、あっという間にクリーム状になった。



「今度は田中さんの番です」



 俺が真似をすると……



「あ、力を入れすぎです」



 バターが飛び散った。



「すみません!」



「大丈夫、大丈夫」



 静香は笑いながら、俺の手を取って一緒に混ぜ始めた。



「こんな感じで……力を抜いて」



 彼女の手の温かさを感じながら、俺は混ぜ方を覚えていく。データや理論ではなく、直感で。







 その時、俺のスマートフォンが鳴った。



「すみません、ちょっと……」



 電話に出ると、歩美の声だった。



「田中先輩! すみません、急にお電話して」



「どうした?」



「実は、研究発表の資料でトラブルが起きて……プログラムがエラーを起こしてしまって」



 歩美の声には焦りがにじんでいた。



「詳しく教えて」



 歩美が説明する内容を聞くと、俺の専門分野の問題だった。すぐに解決方法が頭に浮かんだ。



「分かった。今から大学に行く」



「本当ですか!? でも今日は土曜日ですし……」



「構わない。困った時はお互い様だ」



 俺は電話を切って、静香に向き直った。



「ごめん、研究室で急用が……」



「後輩の方ですか?」



「ああ。プログラムのトラブルらしくて」



 静香は理解のある笑顔を見せた。



「行ってください。私、待ってます」



「でも……」



「田中さんのそういうところ、とても素敵だと思います」







 大学に着くと、歩美が研究室で困り果てていた。



「田中先輩! 本当にありがとうございます」



「見せて」



 画面を確認すると、確かに複雑なエラーが発生していた。しかし俺には原因が分かった。



「これは文字コードの問題だな。ここを修正すれば……」



 30分ほどでプログラムは正常に動作するようになった。



「すごい! 田中先輩、本当にありがとうございました!」



 歩美の安堵した表情を見て、俺は満足感を覚えた。これは恋愛感情とは違う、純粋に人を助けられた喜びだった。



「困った時はいつでも相談して。同じ研究室の仲間だから」



「仲間……はい!」



 歩美は嬉しそうに頷いた。



「あの、田中先輩」



「ん?」



「最近の先輩、とても自然で素敵です。きっと誰か大切な人ができたんですね」



 歩美の洞察力に、俺は驚いた。



「どうして分かる?」



「表情が柔らかくなりました。その人のことを考えてる時の顔が、とても優しいんです」







 俺は急いで静香のアパートに戻った。



「遅くなってすみません!」



「お疲れさまでした。解決しましたか?」



「ええ、なんとか」



 静香はコーヒーを入れて待っていてくれた。



「後輩思いなんですね、田中さんって」



「そういうわけでは……ただ、困ってる人を放っておけなくて」



「それって、とても素晴らしいことだと思います」



 静香の言葉に、俺の心が温かくなった。



「では、クッキー作りの続きをしましょうか」







 午後の日差しが部屋に差し込む中、俺たちはクッキー作りを再開した。



「今度は卵を加えます」



 静香が指導してくれる。今度は慎重に、彼女の手つきを真似した。



「上手ですね」



「本当に?」



「はい。最初に比べて、ずっと自然になりました」



 確かに、最初の緊張はなくなっていた。静香といると、リラックスできる。



「小麦粉を加える時は、さっくりと混ぜるんです」



 今度は俺一人でやってみる。うまくいった。



「やった!」



「すごい! 才能ありますよ」



 静香が嬉しそうに笑ってくれる。その笑顔を見ているだけで幸せな気持ちになった。





 クッキーをオーブンに入れた後、二人でソファに座った。



「焼き上がりまで20分くらいです」



「ありがとう、今日は本当に楽しかった」



「私も楽しかったです」



 静香は優しく微笑んだ。



「田中さんって、研究者らしい集中力がありますね」



「そうかな?」



「はい。一つのことに真剣に取り組む姿勢が素敵です」



 静香の言葉に、俺は照れた。



「でも最近、データばかりじゃダメだって気づいたんだ」



「え?」



「君が教えてくれたんだよ。人の気持ちには、数字で表せない部分があるって」



 静香は少し驚いたような表情を見せた。



「私がそんな大げさなことを?」



「大げさじゃない。君の言葉で、俺は変われた」







 タイマーが鳴り、クッキーが完成した。



「わあ、上手に焼けましたね!」



 きれいな黄金色のクッキーが並んでいる。俺が作ったとは思えない出来栄えだった。



「山田さんのおかげです」



「田中さんが頑張ったからですよ」



 一つ味見をしてみる。優しい甘さと、バターの風味。



「美味しい……」



「良かった」



 静香も一つ食べて、満足そうに頷いた。



「今度は他のお菓子も教えてください」



「本当ですか?」



「ええ。また一緒に作りたいです」



 俺の言葉に、静香の頬が少し赤くなった。







 夕方、静香のアパートを出る時、彼女が手作りのクッキーを袋に詰めてくれた。



「お持ち帰り用です」



「ありがとう」



「今度は田中さんの研究室にも遊びに行ってみたいです」



「本当に?」



「はい。田中さんがどんな研究をしてるのか、興味があります」



 電車に乗りながら、俺は今日一日を振り返った。



 歩美の緊急事態があったにも関わらず、静香は嫌な顔一つせず待っていてくれた。それどころか、俺の行動を理解し、評価してくれた。



「これが……本当のパートナーシップなのかな」



 俺の心の中で、何かが確信に変わった。





 家に帰った俺は、新しいファイルを作成した。



【恋愛アルゴリズム ver.4.0 - 相互理解モデル】



基本方針:

1. 相手を理解し、理解してもらう関係を築く

2. 困った時に支え合える関係を目指す

3. 一緒にいて自然体でいられることを重視

4. データより体験と感情を大切にする



山田静香との関係性:

- 自然体でいられる

- お互いを理解し合える

- 困った時も受け入れてくれる

- 一緒に何かを作り上げる喜びを共有できる



「これだ……これが俺の求めていた関係だ」



 俺はクッキーを一つ食べながら、心の中で決意した。



 今度こそ、データやアルゴリズムではなく、素直な気持ちで静香に向き合おう。







 月曜日、研究室で歩美に会った。



「田中先輩、土曜日は本当にありがとうございました」



「気にするな。解決できて良かった」



「おかげで発表もうまくいきました」



 歩美は嬉しそうに報告してくれた。



「それと……先輩、何かいいことがあったんですね」



「え?」



「なんだかとても幸せそうです」



 歩美の観察力に、俺は苦笑した。



「そうかもしれない」



「その調子です。先輩らしい恋愛をしてください」



 歩美は微笑んで席に向かった。



 俺は彼女を見送りながら思った。歩美との関係も、これが一番自然で良い形なのだろう。



 

そして俺の心は、すでに次の土曜日を楽しみにしていた。





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