恋愛アルゴリズムはバグだらけ!?~完璧主義の俺が恋したらエラー連発な件~

第27話 バージョン管理:過去と現在

優希が生まれてから半年後。



 俺──田中優太は、夜中の授乳でクタクタになりながら、PCの前に座っていた。



「おぎゃあああああ」



 優希の泣き声が響く中、俺は育児日記アプリを開発していた。



「授乳時間……午前3時。睡眠不足度……MAX」



 育児の現実は、どんなアルゴリズムでも予測不可能だった。



「優太、また徹夜?」



 静香が疲れた表情で現れた。



「育児をシステム化すれば、もう少し効率的に……」



「システム化って……」



 静香はため息をついた。



「優希は機械じゃないのよ」







 育児を始めて半年、俺は多くのことを学んだ。



 最も重要な教訓は「育児にアルゴリズムは通用しない」ということだった。



「おむつ交換の最適タイミング」を計算しても、優希は計算通りには泣かない。



「離乳食の栄養バランス」をデータ化しても、好き嫌いは理屈じゃない。



「睡眠スケジュール」を組んでも、夜泣きは容赦なく続く。



「やっぱり子育てって、データじゃないんだな……」





 そんな中、Love Support Projectは新しいフェーズに入っていた。



「子育て中の夫婦からの相談が激増してます」



 歩美が報告してくれた。



「『夫婦の時間が取れない』『育児で喧嘩が増えた』『子供中心の生活に疲れた』……」



 どれも俺たちが直面している問題ばかりだった。



「実体験があるから、リアルなアドバイスができますね」







「『ファミリーサポートプログラム』を本格化しませんか?」



 高橋先輩が提案してくれた。



「子育て期の夫婦関係調整、時間管理、ストレス対処法……」



「いいアイデアです」



 静香も賛成してくれた。



「私たちの失敗談も含めて、正直にアドバイスできます」



「失敗談?」



「はい。完璧な育児なんて無理だって、正直に伝えることが大切だと思います」





 ある日、俺は大学時代の研究室を訪れた。



「田中くん、久しぶりですね」



 山本教授が温かく迎えてくれた。



「お疲れさまです。息子を連れてきました」



 優希を抱っこしながら、俺は研究室を見回した。



「ここで恋愛アルゴリズムを開発していたんですね」



 教授は懐かしそうに微笑んだ。



「あの時の君と今の君、どちらが幸せですか?」







「今の方が幸せです」



 俺は即答した。



「でも、あの時の悩みがなければ、今の幸せもなかった」



「そうですね。君の恋愛の悩みが、多くの人を幸せにするサービスに発展した」



「でも当時の俺は、恋愛をシステム化すれば解決できると思ってました」



「今はどう思いますか?」



「愛は……システムじゃないですね」



 俺は優希を見つめた。



「でも、愛を支えるシステムは作れる」







 研究室で現役の学生たちと話す機会があった。



「田中さんって、あの恋愛診断システムを作った人ですか?」



 一人の学生が興味深そうに聞いてきた。



「ああ、作ったよ」



「すごいです! 僕も恋愛で悩んでて……」



 彼の表情は、かつての俺とそっくりだった。



「データ分析で恋愛を攻略できると思うんです」



「昔の俺だ……」



 俺は苦笑いした。







「データ分析も大切だけど、一番大切なのは相手と向き合うことだよ」



 俺はその学生にアドバイスした。



「でも、どうやって向き合えばいいんですか?」



「まずは、自分らしくいること」



「自分らしく?」



「完璧を演じようとせず、素直な気持ちを伝える」



 かつて静香が俺に教えてくれたことを、そのまま伝えた。







 その日の夕方、歩美が俺に報告があった。



「実は……私も結婚することになりました」



「え? 本当に?」



「はい。博士課程の同級生と」



 歩美は嬉しそうに微笑んだ。



「Love Support Projectで学んだことが、自分の恋愛にも活かせました」



「それは良かった」



「田中先輩のおかげです」



「俺のおかげじゃない。君自身の努力だよ」







「俺も報告があるんだ」



 大輔も続いた。



「実は……プロポーズを考えてる」



「マジで?」



「ああ。お前たちを見てて、結婚っていいなって思ったんだ」



 大輔の表情は真剣だった。



「でも、どうプロポーズすればいいか分からなくて……」



「君らしいやり方でいいんじゃないか?」



「俺らしいやり方……」







 Love Support Projectのチーム全員が、それぞれの恋愛で成長していた。



 歩美は学術的知識と実体験を組み合わせた専門家になった。



 大輔は軽薄そうに見えて、実は真面目に恋愛を考える男性に成長した。



 高橋先輩は後輩との関係を大切に育み、安定したパートナーシップを築いていた。



「みんな変わったな……」



 俺は感慨深く思った。







 その夜、俺は5年間を振り返ってみた。



 大学院で恋愛に悩んでいた俺だが、今では妻と子供がいる。



 個人的な悩みから始まったプロジェクトが、多くの人を支援する事業になった。



 データとアルゴリズムで解決しようとしていた問題が、人と人とのつながりで解決された。



「遠回りしたけど、良い道だったな」







「優太、最近よく昔のことを考えてるでしょ?」



 静香が俺の心境を察してくれた。



「そうだな。優希が生まれてから、特に」



「どんなことを考えてるの?」



「俺がどれだけ変わったか、とか」



「変わったね」



 静香は微笑んだ。



「でも、根本的なところは変わってない」



「え?」



「人を幸せにしたいって気持ち。それは最初から変わってない」







「実は……新しいアイデアがあるんだ」



 俺は静香に相談した。



「Love Support Projectの経験を本にまとめたい」



「本?」



「恋愛で悩む人向けの実用書じゃなく、俺たちの体験記のような」



「面白そうね」



「技術者が恋愛を通して学んだこと、みたいな」



「読んでみたい人、多そうです」







 俺は本格的に執筆を始めた。



『恋愛アルゴリズムはバグだらけ!? ~完璧主義の俺が恋したらエラー連発な件~』



 そう、これは俺の体験記だ。



 恋愛をデータで解決しようとした男が、本当の愛を見つけるまでの物語。



 失敗と成功、仲間との出会い、事業の発展、結婚、育児……



 全てを正直に書くことにした。







「優太、原稿読ませてもらったけど……」



 静香が感想を教えてくれた。



「すごく面白いです」



「本当に?」



「特に、初期の失敗談が笑える」



「笑えるって……」



「でも、それがいいんです。完璧じゃない優太が、成長していく過程が素敵」







 数ヶ月後、出版社から連絡があった。



「田中さんの原稿、ぜひ出版させてください」



 編集者が興奮して説明してくれた。



「理系男子の恋愛体験記として、とても面白い内容です」



「本当ですか?」



「恋愛に悩む男性だけでなく、女性読者にも受けそうです」





 

 一年後、俺の本が出版された。



「ついに完成したな……」



 手に取った本を見つめながら、俺は感慨深かった。



「これも一つのシステムだな」



「システム?」



 静香が聞いた。



「俺の経験を、他の人に伝えるシステム」



「なるほど。それも恋愛アルゴリズムの一部ね」





 本は予想以上の反響を呼んだ。



「読者からのメッセージが毎日届いてます」



 出版社から報告があった。



「『自分も同じような経験をした』『勇気をもらった』『恋愛への見方が変わった』……」



 俺の体験が、誰かの役に立っている。



「やっぱり、人の体験は財産なんだな」



 俺は実感した。



 完璧なアルゴリズムより、不完璧でも真実の体験の方が価値がある。



「これからも、みんなの幸せのために続けていこう」



 優希を抱っこしながら、俺は未来への決意を新たにした。





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