恋愛アルゴリズムはバグだらけ!?~完璧主義の俺が恋したらエラー連発な件~

第3話 第一次接触大作戦

翌日、研究室。



 俺──田中優太は、冷蔵庫の前で深呼吸をしていた。



「よし……落ち着け、田中優太。今日こそ"第一次接触作戦"を実行するのだ」



 冷蔵庫には、俺が朝コンビニで買ったカフェラテが二本。



 そう、俺は歩美が"週三で飲んでいる"という観察データをもとに、差し入れ用のカフェラテを用意してきたのだ。



 ターゲット──後輩の石倉歩美。



 社交的で明るいが、繊細さを隠し持つ文学少女系心理学女子。



 俺が一目惚れして以来、観察と記録を続けてきた。



 今日はついに、"偶然を装って差し入れる"フェーズに突入する。



「データは揃った。台詞もマニュアルから選定済み。完璧だ……!」



 俺はスマホのメモを確認する。



 今日のセリフは──



『研究の合間に糖分補給すると効率が上がるらしいよ。



よかったらこれ、どうぞ』



 無難かつ気配りをアピールできる一文だ。



 さらに声のトーン、間の取り方まで練習済み。



「ふっ……勝ったな」







 俺がにやけていると、研究室のドアが開いた。



 現れたのは、長い黒髪をポニーテールにした後輩、石倉歩美。



「おはようございます、田中先輩!」



 その笑顔。



 その声。



 その瞬間、俺の心拍数は急上昇し、体内でエラーログが乱舞した。



《WARNING:心拍数が危険域に達しています》



《ERROR:呼吸制御に失敗しました》



「お、おお……おはよ」



「? どうしたんですか、顔赤いですよ?」



「な、なんでもない!」



 やばい、早速挙動不審だ。



 落ち着け、優太。今は作戦実行のタイミングだ。



 俺は冷蔵庫からカフェラテを取り出し、歩美に近づく。



「えっと……歩美」



「はい?」



「け、研究の合間に……糖分補給……すると……効率が……あがる……らしい……よ」



 棒読み。



 しかも間が不自然すぎる。



 さらに震え声。



《ERROR:感情表現ライブラリが見つかりません》



「……よかったら、これ、どうぞ」



 ゴトッ。



 俺は机にカフェラテを置いた。



 歩美は一瞬固まり、それから困ったように笑った。



「あ、ありがとうございます……田中先輩」



「い、いや、その……」





 ここで返すべきセリフは何だった?



 マニュアルでは──「俺も同じの飲んでるから、一緒に休憩しよう」だ。



 だが口から出たのは。



「俺も……糖分補給する」



 ゴクッ。



 俺は自分用のカフェラテを無言で飲み干した。



 気まずすぎる沈黙。



 歩美は小首をかしげ、気遣うように微笑んだ。



「……先輩って、優しいんですね」



「っ……!」



 その一言に、脳内で爆発音が鳴った。



 あ、あれ? これ、意外と成功してるのでは?



《INFO:思わぬ好感度ポイントが加算されました》



 俺が勝利の確信を得かけたその時。



「……ぷっ」



 後ろから吹き出す声がした。



 振り向くと、研究室の隅で資料を整理していた田村麻衣──歩美の友人が、肩を震わせて笑っていた。



「な、なんだ」



「いえ……田中先輩、台本棒読みみたいで……つい」



「っ……!」



 心にクリティカルヒット。



 羞恥の炎が俺を包み込む。



「ち、違う! 俺は別に……!」



「ふふっ、ごめんなさい。歩美、優しい先輩に好かれていいね」



「ちょっ、田村っ!? な、なに言ってるのよ!」



 歩美が真っ赤になって慌てる。



 俺も真っ赤だ。



《FATAL ERROR:羞恥心が限界値を突破しました》







 俺はその場から逃げるように自席に戻り、ノートPCを開いた。



 震える指でExcelを起動し、歩美の反応を数値化する。



 好感度ポイント:+3(「優しい」と言われた)



 失敗ポイント:+5(棒読み、田村にバレた)



 差し引き:-2



「……クソッ! またシステムエラーか……!」



 俺が頭を抱えていると、誰かが声をかけてきた。



「大丈夫ですか?」



 顔を上げると、そこにいたのは──



 図書館でいつも会う文学少女、山田静香だった。



「……し、山田さん?」



「すごく不自然でしたよ。棒読みで、見ててハラハラしました」



「うぐっ……!」



 追い打ちをかけられた。しかし静香の表情に嫌悪感はない。



「でも……田中さんのそういう一生懸命さ、ちょっと面白いです」



 静香は、にこりと微笑んだ。



 不思議なことに、彼女の前では心拍数が正常値を保っていた。



「面白いって……」



「はい。とても真面目で、誠実で。ただ、少し不器用なだけですよね」



 静香の言葉に、俺の心が少し軽くなった。歩美の前では緊張して何も言えないのに、この人とは自然に話せる。



「実は……恋愛が苦手で」



「分かります。見ていて応援したくなりました」



「応援……?」



「石倉さんへの気持ち、とても伝わってきましたから」







 静香は俺の隣に座り、優しく言った。



「田中さん、マニュアル通りにやろうとしすぎていませんか?」



「え?」



「恋愛には、正解なんてないと思うんです。だから、もっと自然体でいいんじゃないでしょうか」



「自然体……」



「そうです。さっきのカフェラテだって、気持ちは十分伝わっていましたよ」



 彼女の言葉を聞いていると、なぜか心が落ち着いた。



「でも、俺は恋愛のやり方が分からなくて……」



「分からないからこそ、調べたり練習したりするんですよね。それってとても素敵なことだと思います」



 静香は本当に優しい人だった。俺の不器用さを笑わず、理解しようとしてくれる。



「山田さんは、恋愛経験があるんですか?」



「私もそんなにありません。でも本で読んだり、友人の話を聞いたりしていると、やっぱり『自分らしさ』が一番大切だと思うんです」



「自分らしさ……」



「田中さんらしさを活かした恋愛をすればいいんですよ」





 その時、大輔が研究室にやってきた。



「よう、優太! おっ、可愛い子と話してるじゃん」



「あ、大輔……こちら山田静香さん。図書館で……」



「鈴木大輔です。こいつの親友で、恋愛アドバイザーでもあります」



「よろしくお願いします」



 静香は丁寧に頭を下げた。



「で、優太のカフェラテ作戦、どうだった?」



「……大失敗だ」



 俺は今日の経緯を大輔に説明した。大輔は笑いながら聞いている。



「ははは、やっぱりな。お前、マニュアル通りすぎるんだよ」



「でも大輔、君のアドバイスだって……」



「俺のアドバイス?」



「『自然体で行け』って言ったじゃないか」



「自然体の意味が違ぇよ! 台本読むのが自然体かよ!」



 大輔の突っ込みに、静香がくすっと笑った。



「お二人とも仲良しなんですね」



「こいつとは付き合い長いからな。でも恋愛に関しては、もうお手上げだよ」











 そこへ高橋先輩が戻ってきた。



「あ、田中くん。さっきの石倉さんとのやり取り、見てましたよ」



「先輩……!」



「うん、確かに不自然でしたね。でも気持ちは伝わっていたと思います」



「そうなんですか?」



「石倉さん、田中くんのことを『優しい人』って言ってましたよね。それって好印象の証拠ですよ」



 高橋先輩の分析に、俺の心が少し明るくなった。



「でも棒読みで……」



「それも含めて『田中くんらしさ』だと思います。完璧である必要はないんです」



「完璧である必要はない……」



「そうです。むしろ不完璧だからこそ、人間味があるんじゃないでしょうか」



 静香も頷いた。



「私もそう思います。田中さんの一生懸命さは、きっと石倉さんにも伝わっていますよ」







 その日の夜、俺は今日の出来事を改めて分析していた。



【第一次接触作戦・結果分析】



成功要素:

- カフェラテの差し入れ→歩美から「優しい」と評価

- 真面目な印象を与えることに成功

- 他者(静香、高橋先輩)からは好意的な評価



失敗要素:

- 棒読みによる不自然さ

- 緊張による挙動不審

- 第三者(田村)に見透かされる



新たな発見:

- 山田静香との自然な会話

- 完璧でないことの価値

- 「自分らしさ」の重要性



「うーん……」



 俺は考え込んだ。今までは『完璧なアプローチ』を目指していたが、もしかするとそれが間違いだったのかもしれない。



 静香の言葉が頭に浮かんだ。



『自分らしさを活かした恋愛をすればいいんですよ』



「自分らしさ……か」



 俺らしさとは何だろう?



 真面目で、一生懸命で、時々不器用で……



 そんな自分を受け入れてもらえる恋愛があるのだろうか?





 しかし、今日は一つ大きな収穫があった。



 静香との会話では、全く緊張しなかった。自然体でいることができた。



「なぜ彼女とは自然に話せるんだろう?」



 俺は静香との会話を思い返してみた。



 彼女は俺を否定しなかった。理解しようとしてくれた。俺の不器用さを受け入れてくれた。



「もしかして……」



 俺の中で、新しい仮説が生まれた。



 恋愛において重要なのは、『相手に受け入れられる自分でいること』なのではないか?



 完璧を演じるより、等身大の自分を理解してもらうことが大切なのではないか?



「でも、歩美には等身大の俺では……」



 そんな時、スマホにメッセージが届いた。



 送り主は……山田静香?



『今日はありがとうございました。田中さんの恋愛、陰ながら応援しています。頑張ってください!』



 その短いメッセージを読んで、俺の心は温かくなった。



「山田さん……」



 俺の心に、また新しい変数が生まれた瞬間だった。





 翌朝、俺は新しいファイルを作成していた。



【恋愛アルゴリズム ver.2.0 開発計画】



基本方針:完璧主義からの脱却

- マニュアル通りではなく、自分らしいアプローチ

- 緊張や不器用さも個性として受け入れる

- 相手との自然な関係構築を重視



参考事例:山田静香との関係

- 緊張せずに自然体で会話可能

- お互いを理解し合える関係性

- 恋愛以外の価値観でも繋がれる



「よし……次のアプローチは、もう少し自然体で行ってみよう」



 俺は決意を新たにした。



 しかし、この時の俺は気づいていなかった。



 本当に大切な人が、すでに目の前にいることに。





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