恋愛アルゴリズムはバグだらけ!?~完璧主義の俺が恋したらエラー連発な件~
第8話 バックアップ復元:静香との思い出を振り返る
リカバリーモードから三日後。
俺──田中優太は、図書館の一角で一人、ノートパソコンに向かっていた。
画面には新しいExcelファイルが開かれている。
【人間関係分析データベース ver.2.0】
今度は歩美だけでなく、俺の周りにいる大切な人たちとの関係性を整理することにしたのだ。
「まずは歩美から……」
石倉歩美:同じ研究室の後輩、心理学専攻
関係性:憧れの存在→友人・良き後輩へ移行中
特徴:知的、優しい、でも少し距離感がある
「次は大輔……」
鈴木大輔:親友、恋愛アドバイザー(自称)
関係性:長年の友人、最も信頼できる相談相手
特徴:現実的、率直、時々的外れだが根は優しい
「そして……」
カーソルが次の行で点滅している。俺は少し迷った後、名前を入力した。
山田静香:図書館アルバイト、文学部生
しかし、その後の項目が埋まらない。
関係性:???
特徴:???
「……なんで書けないんだ?」
俺は画面から目を離し、静香との出会いから今までを思い返してみることにした。
最初に話したのは、確か俺が図書館で歩美の「張り込み」をしていた時だった。
『あの、何かお探しですか?』
優しい声で声をかけてくれた静香。あの時は単なる図書館スタッフだと思っていた。
しかし振り返ってみると、彼女はいつも俺を気にかけてくれていた。
「心理学の文献をお探しでしたら、3階にありますよ」
「田中さんは情報工学なのに、心理学にも興味があるんですね」
俺の研究分野を覚えていて、興味を示してくれた。
それから、俺が恋愛マニュアルの分析で行き詰まった時。
『人って同じ笑顔でも意味が違ったりするんですよ』
あの時の静香の言葉が、俺の固定観念を変えてくれた。
そして文化祭の雨の日。
『雨の日って、意外と悪くないですよ』
傘を共有しながら、水たまりに映るイルミネーションを教えてくれた静香。
昨日の手作りクッキー。
『田中さんはいつも一生懸命で……見てて応援したくなるんです』
「……そうか」
俺は気づいた。静香との関係を数値化できないのは、データでは表現しきれない価値があるからだ。
歩美の場合、俺は常に「どう思われているか」を気にしていた。好感度を上げるために行動していた。
でも静香の場合は違う。彼女の前では自然体でいられる。緊張することなく、素直な気持ちで話せる。
それは「データを気にしなくていい関係」だからだ。
「これは……」
俺の中で何かが変化していることを感じた。
静香といると心が軽くなる。彼女の笑顔を見ると安心する。彼女のことを考えると、なぜか温かい気持ちになる。
「まさか、これは……」
「よう、優太。またデータ整理か?」
大輔が図書館にやってきた。俺は慌ててノートパソコンを閉じる。
「今度は何を分析してんだ?」
「人間関係の整理だ」
「人間関係って……まさか恋愛相関図とか作ってねーだろうな?」
図星だった。俺は黙り込む。
「はぁ……お前ほんと懲りねーな」
大輔は呆れながら俺の隣に座った。
「でもさ、最近のお前、なんか変わったよな」
「変わった?」
「うん。前より自然な感じになった。特に図書館にいる時」
大輔の観察力は意外と鋭い。
「図書館の山田さんといる時のお前、すげー自然体だよな」
「それは……彼女が話しやすい人だから」
「話しやすいって……お前、気づいてねーの?」
「何に?」
「お前、山田さんのこと好きになってんじゃね?」
「は!?」
俺は声を上げそうになって、慌てて口を押さえた。ここは図書館だった。
「ばか、そんなわけない! 俺が好きなのは歩美で……」
「本当に?」
大輔の真剣な表情に、俺は言葉を失った。
「最近のお前、石倉さんのことより山田さんのこと話してる時の方が楽しそうだぞ」
その時、カウンターから静香がやってきた。
「田中さん、お疲れさまです」
「あ、山田さん……」
静香を見た瞬間、俺の心拍数が上がった。しかしこれは歩美を見た時の緊張とは違う、温かい高揚感だった。
「今日は友達とご一緒ですか?」
「ああ、こちら親友の鈴木大輔です」
「初めまして、山田さん。いつも優太がお世話になってます」
大輔は意味深な笑みを浮かべながら挨拶した。
「こちらこそ。田中さんとはよくお話しさせてもらって」
「そうなんですよ。こいつ、山田さんの話をよくしてるんです」
「だ、大輔!」
俺は慌てて大輔を制止しようとしたが、静香は嬉しそうに微笑んだ。
「私のことを?」
「ええ、『山田さんは話しやすい』とか『山田さんは理解がある』とか」
「やめろって!」
俺の顔は真っ赤になっていた。
「あ、そうだ」
静香が小さな袋を取り出した。
「昨日のクッキー、美味しかったです。ありがとうございました」
「気に入ってもらえて良かったです」
「今度、作り方を教えてもらえませんか?」
俺の提案に、静香の表情が明るくなった。
「本当ですか? ぜひ!」
「えーっと、鈴木くんも一緒にいかがですか?」
「俺は遠慮しとくわ。優太、お前一人で行けよ」
大輔がにやにやしながら言った。
「で、でも……」
「私も田中さんと二人の方が教えやすいです」
静香の言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。
「じゃあ……今度の土曜日はどうですか?」
「土曜日……大丈夫です」
「よかった。それじゃあ、私の家で」
静香が去った後、大輔が俺を見て笑った。
「どうだ? 自分の気持ちが分かったか?」
「……まだよく分からない」
「嘘つけ。今のお前の顔、完全に恋する男の顔だったぞ」
俺は自分の頬に手を当てた。確かに熱くなっている。
「でも俺は歩美を……」
「石倉さんのことは、もう諦めついてんじゃないの?」
大輔の言葉に、俺は考え込んだ。確かに最近、歩美のことを考える時間が減っている。
代わりに静香のことを考えることが多くなった。
「優太、恋愛に『正解』はないんだよ。自分の気持ちに素直になれよ」
その夜、俺は再びExcelファイルを開いた。
山田静香の項目を埋めようと試みたが、やはり手が動かない。
「なぜデータ化できないんだ……」
ふと、静香の言葉を思い出した。
『人の気持ちを数字で表そうとするなんて、田中さんらしいですね』
『でも、人って同じ笑顔でも意味が違ったりするんですよ』
「そうか……」
俺は理解した。静香との関係をデータ化できないのは、それが「分析する対象」ではなく「感じるもの」だからだ。
俺はExcelを閉じ、新しいテキストファイルを作成した。
【山田静香について】
彼女といると心が軽くなる。
自然体でいられる。
笑顔を見ると安心する。
手作りクッキーの温かさ。
雨の日の相合傘の思い出。
「俺」を受け入れてくれる優しさ。
これは……恋なのか?
「……そうかもしれない」
俺は初めて、データではなく感情で結論を出した。
歩美への感情は「憧れ」だった。完璧な彼女に近づきたいという願望。
でも静香への感情は違う。彼女と一緒にいたい、彼女を大切にしたい、彼女に幸せになってもらいたいという気持ち。
「これが……本当の恋愛感情なのか」
《Info:新しい感情パラメータが正式に登録されました》
俺の脳内システムが、珍しく温かいメッセージを表示した。
土曜日のクッキー作り教室が楽しみだ。今度は計画やデータではなく、素直な気持ちで静香と向き合ってみよう。
翌日、研究室で歩美と話す機会があった。
「田中先輩、最近調子良さそうですね」
「そうかな?」
「はい。なんだか肩の力が抜けて、自然になった気がします」
歩美の観察力はさすがだった。
「実は……新しい発見があったんだ」
「発見?」
「恋愛には、データでは測れない部分があるってことを」
歩美は微笑んだ。
「それって、とても大切な発見ですね」
「ああ。君のおかげでもあるよ、歩美」
「私の?」
「君への気持ちを通して、本当の恋愛感情とは何かを学べた」
歩美は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに優しく微笑んだ。
「田中先輩なら、きっと素敵な恋愛ができますよ」
その言葉に、俺は確信した。
歩美との関係は、友人として大切にしていけばいい。そして静香との関係は……
俺──田中優太は、図書館の一角で一人、ノートパソコンに向かっていた。
画面には新しいExcelファイルが開かれている。
【人間関係分析データベース ver.2.0】
今度は歩美だけでなく、俺の周りにいる大切な人たちとの関係性を整理することにしたのだ。
「まずは歩美から……」
石倉歩美:同じ研究室の後輩、心理学専攻
関係性:憧れの存在→友人・良き後輩へ移行中
特徴:知的、優しい、でも少し距離感がある
「次は大輔……」
鈴木大輔:親友、恋愛アドバイザー(自称)
関係性:長年の友人、最も信頼できる相談相手
特徴:現実的、率直、時々的外れだが根は優しい
「そして……」
カーソルが次の行で点滅している。俺は少し迷った後、名前を入力した。
山田静香:図書館アルバイト、文学部生
しかし、その後の項目が埋まらない。
関係性:???
特徴:???
「……なんで書けないんだ?」
俺は画面から目を離し、静香との出会いから今までを思い返してみることにした。
最初に話したのは、確か俺が図書館で歩美の「張り込み」をしていた時だった。
『あの、何かお探しですか?』
優しい声で声をかけてくれた静香。あの時は単なる図書館スタッフだと思っていた。
しかし振り返ってみると、彼女はいつも俺を気にかけてくれていた。
「心理学の文献をお探しでしたら、3階にありますよ」
「田中さんは情報工学なのに、心理学にも興味があるんですね」
俺の研究分野を覚えていて、興味を示してくれた。
それから、俺が恋愛マニュアルの分析で行き詰まった時。
『人って同じ笑顔でも意味が違ったりするんですよ』
あの時の静香の言葉が、俺の固定観念を変えてくれた。
そして文化祭の雨の日。
『雨の日って、意外と悪くないですよ』
傘を共有しながら、水たまりに映るイルミネーションを教えてくれた静香。
昨日の手作りクッキー。
『田中さんはいつも一生懸命で……見てて応援したくなるんです』
「……そうか」
俺は気づいた。静香との関係を数値化できないのは、データでは表現しきれない価値があるからだ。
歩美の場合、俺は常に「どう思われているか」を気にしていた。好感度を上げるために行動していた。
でも静香の場合は違う。彼女の前では自然体でいられる。緊張することなく、素直な気持ちで話せる。
それは「データを気にしなくていい関係」だからだ。
「これは……」
俺の中で何かが変化していることを感じた。
静香といると心が軽くなる。彼女の笑顔を見ると安心する。彼女のことを考えると、なぜか温かい気持ちになる。
「まさか、これは……」
「よう、優太。またデータ整理か?」
大輔が図書館にやってきた。俺は慌ててノートパソコンを閉じる。
「今度は何を分析してんだ?」
「人間関係の整理だ」
「人間関係って……まさか恋愛相関図とか作ってねーだろうな?」
図星だった。俺は黙り込む。
「はぁ……お前ほんと懲りねーな」
大輔は呆れながら俺の隣に座った。
「でもさ、最近のお前、なんか変わったよな」
「変わった?」
「うん。前より自然な感じになった。特に図書館にいる時」
大輔の観察力は意外と鋭い。
「図書館の山田さんといる時のお前、すげー自然体だよな」
「それは……彼女が話しやすい人だから」
「話しやすいって……お前、気づいてねーの?」
「何に?」
「お前、山田さんのこと好きになってんじゃね?」
「は!?」
俺は声を上げそうになって、慌てて口を押さえた。ここは図書館だった。
「ばか、そんなわけない! 俺が好きなのは歩美で……」
「本当に?」
大輔の真剣な表情に、俺は言葉を失った。
「最近のお前、石倉さんのことより山田さんのこと話してる時の方が楽しそうだぞ」
その時、カウンターから静香がやってきた。
「田中さん、お疲れさまです」
「あ、山田さん……」
静香を見た瞬間、俺の心拍数が上がった。しかしこれは歩美を見た時の緊張とは違う、温かい高揚感だった。
「今日は友達とご一緒ですか?」
「ああ、こちら親友の鈴木大輔です」
「初めまして、山田さん。いつも優太がお世話になってます」
大輔は意味深な笑みを浮かべながら挨拶した。
「こちらこそ。田中さんとはよくお話しさせてもらって」
「そうなんですよ。こいつ、山田さんの話をよくしてるんです」
「だ、大輔!」
俺は慌てて大輔を制止しようとしたが、静香は嬉しそうに微笑んだ。
「私のことを?」
「ええ、『山田さんは話しやすい』とか『山田さんは理解がある』とか」
「やめろって!」
俺の顔は真っ赤になっていた。
「あ、そうだ」
静香が小さな袋を取り出した。
「昨日のクッキー、美味しかったです。ありがとうございました」
「気に入ってもらえて良かったです」
「今度、作り方を教えてもらえませんか?」
俺の提案に、静香の表情が明るくなった。
「本当ですか? ぜひ!」
「えーっと、鈴木くんも一緒にいかがですか?」
「俺は遠慮しとくわ。優太、お前一人で行けよ」
大輔がにやにやしながら言った。
「で、でも……」
「私も田中さんと二人の方が教えやすいです」
静香の言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。
「じゃあ……今度の土曜日はどうですか?」
「土曜日……大丈夫です」
「よかった。それじゃあ、私の家で」
静香が去った後、大輔が俺を見て笑った。
「どうだ? 自分の気持ちが分かったか?」
「……まだよく分からない」
「嘘つけ。今のお前の顔、完全に恋する男の顔だったぞ」
俺は自分の頬に手を当てた。確かに熱くなっている。
「でも俺は歩美を……」
「石倉さんのことは、もう諦めついてんじゃないの?」
大輔の言葉に、俺は考え込んだ。確かに最近、歩美のことを考える時間が減っている。
代わりに静香のことを考えることが多くなった。
「優太、恋愛に『正解』はないんだよ。自分の気持ちに素直になれよ」
その夜、俺は再びExcelファイルを開いた。
山田静香の項目を埋めようと試みたが、やはり手が動かない。
「なぜデータ化できないんだ……」
ふと、静香の言葉を思い出した。
『人の気持ちを数字で表そうとするなんて、田中さんらしいですね』
『でも、人って同じ笑顔でも意味が違ったりするんですよ』
「そうか……」
俺は理解した。静香との関係をデータ化できないのは、それが「分析する対象」ではなく「感じるもの」だからだ。
俺はExcelを閉じ、新しいテキストファイルを作成した。
【山田静香について】
彼女といると心が軽くなる。
自然体でいられる。
笑顔を見ると安心する。
手作りクッキーの温かさ。
雨の日の相合傘の思い出。
「俺」を受け入れてくれる優しさ。
これは……恋なのか?
「……そうかもしれない」
俺は初めて、データではなく感情で結論を出した。
歩美への感情は「憧れ」だった。完璧な彼女に近づきたいという願望。
でも静香への感情は違う。彼女と一緒にいたい、彼女を大切にしたい、彼女に幸せになってもらいたいという気持ち。
「これが……本当の恋愛感情なのか」
《Info:新しい感情パラメータが正式に登録されました》
俺の脳内システムが、珍しく温かいメッセージを表示した。
土曜日のクッキー作り教室が楽しみだ。今度は計画やデータではなく、素直な気持ちで静香と向き合ってみよう。
翌日、研究室で歩美と話す機会があった。
「田中先輩、最近調子良さそうですね」
「そうかな?」
「はい。なんだか肩の力が抜けて、自然になった気がします」
歩美の観察力はさすがだった。
「実は……新しい発見があったんだ」
「発見?」
「恋愛には、データでは測れない部分があるってことを」
歩美は微笑んだ。
「それって、とても大切な発見ですね」
「ああ。君のおかげでもあるよ、歩美」
「私の?」
「君への気持ちを通して、本当の恋愛感情とは何かを学べた」
歩美は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに優しく微笑んだ。
「田中先輩なら、きっと素敵な恋愛ができますよ」
その言葉に、俺は確信した。
歩美との関係は、友人として大切にしていけばいい。そして静香との関係は……