仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」
第1章・Scene16 仮面の隙間
夜の帰り道。
優香が運転する車のフロントガラスを、街灯の淡い光が静かに照らしていた。
雨上がりのアスファルトが黒く濡れ、ヘッドライトに照らされて鈍く光っている。
助手席の大地――いや、蓮は、シートベルトを緩めたまま無言で窓の外を見つめていた。
車内にはラジオも流れていない。
タイヤが路面をこする音と、ウインカーのかすかなリズムだけが静かに響いている。
(……今日は、よくがんばってたな)
ハンドルを握る優香は、ちらりと横目で彼の横顔を見た。
ライトに照らされた明るいブラウンの髪。整った顔立ち。
けれど、その瞳はステージで放っていた“光”とは違って、どこか遠くを見ていた。
「……大地さん、疲れてませんか?」
思わず、優香の口から言葉がこぼれる。
蓮は少しだけ顔を向け、すぐに微笑んだ。
「大丈夫ですよ。……これくらい、慣れてますから」
(また、その笑顔……)
胸がきゅっと痛む。
昼間、完璧な笑顔でファンの前に立っていた彼が、楽屋ではひとり黙り込んでいた。
その落差が、心にずっと引っかかっていた。
優香は一度、言葉を飲み込む。けれど、どうしても聞かずにはいられなかった。
「……本当に、慣れてるんですか?」
少しだけ震えを含んだ声。
蓮は窓の外を見たまま、わずかな間を置いてから答えた。
「……慣れたふりをしてるだけ、かもしれませんね」
その言葉に、優香の手がハンドルを握りしめる。
夜の静寂に、ふたりの呼吸だけが重なった。
(……あ、言っちゃった。俺、何を……)
蓮は、自分の口から漏れた言葉に戸惑っていた。
こんなことを言うべきじゃない。
“宅麻大地”は、弱音なんて吐かない。
でも――
(どうして、この人の前だと……)
胸の奥が、妙に熱い。
視線を向けると、優香の横顔が真剣そのものだった。
その目は、仮面の奥まで覗き込むようにまっすぐだった。
「……でも、笑っていると楽なんです」
蓮はそう言って、また“王子様の笑顔”を浮かべた。
「笑っていれば、誰も不安にならないでしょう?」
(……また、隠した)
優香はその笑顔を見て、言葉が喉に詰まった。
でも――もう、気づいてしまった。
その笑顔の裏側に、押し殺された何かがあることに。
「……そうですね」
優香はわずかに笑い、前を見つめたまま続けた。
「でも、私は……さっきの言葉、嬉しかったです」
蓮は目を瞬き、驚いたように彼女を見た。
夜の街灯が、その瞳に淡く映る。
けれど次の瞬間には、また前を向き、小さく息を吐いた。
(……俺は、何をやってるんだろうな)
(本当は……こんな仮面、全部投げ出したいのに)
優香はハンドルを握る手に、そっと力を込めた。
(……この人を、ちゃんと支えたい。そう思うのは、私のわがままなのかな)
車はゆっくりとカーブを曲がり、夜の街を抜けていく。
仮面をかぶった青年と、
その仮面の隙間に、そっと手を伸ばそうとする女性。
夜風は、まだ硬く閉ざされた仮面の奥へ、静かに忍び込もうとしていた。
優香が運転する車のフロントガラスを、街灯の淡い光が静かに照らしていた。
雨上がりのアスファルトが黒く濡れ、ヘッドライトに照らされて鈍く光っている。
助手席の大地――いや、蓮は、シートベルトを緩めたまま無言で窓の外を見つめていた。
車内にはラジオも流れていない。
タイヤが路面をこする音と、ウインカーのかすかなリズムだけが静かに響いている。
(……今日は、よくがんばってたな)
ハンドルを握る優香は、ちらりと横目で彼の横顔を見た。
ライトに照らされた明るいブラウンの髪。整った顔立ち。
けれど、その瞳はステージで放っていた“光”とは違って、どこか遠くを見ていた。
「……大地さん、疲れてませんか?」
思わず、優香の口から言葉がこぼれる。
蓮は少しだけ顔を向け、すぐに微笑んだ。
「大丈夫ですよ。……これくらい、慣れてますから」
(また、その笑顔……)
胸がきゅっと痛む。
昼間、完璧な笑顔でファンの前に立っていた彼が、楽屋ではひとり黙り込んでいた。
その落差が、心にずっと引っかかっていた。
優香は一度、言葉を飲み込む。けれど、どうしても聞かずにはいられなかった。
「……本当に、慣れてるんですか?」
少しだけ震えを含んだ声。
蓮は窓の外を見たまま、わずかな間を置いてから答えた。
「……慣れたふりをしてるだけ、かもしれませんね」
その言葉に、優香の手がハンドルを握りしめる。
夜の静寂に、ふたりの呼吸だけが重なった。
(……あ、言っちゃった。俺、何を……)
蓮は、自分の口から漏れた言葉に戸惑っていた。
こんなことを言うべきじゃない。
“宅麻大地”は、弱音なんて吐かない。
でも――
(どうして、この人の前だと……)
胸の奥が、妙に熱い。
視線を向けると、優香の横顔が真剣そのものだった。
その目は、仮面の奥まで覗き込むようにまっすぐだった。
「……でも、笑っていると楽なんです」
蓮はそう言って、また“王子様の笑顔”を浮かべた。
「笑っていれば、誰も不安にならないでしょう?」
(……また、隠した)
優香はその笑顔を見て、言葉が喉に詰まった。
でも――もう、気づいてしまった。
その笑顔の裏側に、押し殺された何かがあることに。
「……そうですね」
優香はわずかに笑い、前を見つめたまま続けた。
「でも、私は……さっきの言葉、嬉しかったです」
蓮は目を瞬き、驚いたように彼女を見た。
夜の街灯が、その瞳に淡く映る。
けれど次の瞬間には、また前を向き、小さく息を吐いた。
(……俺は、何をやってるんだろうな)
(本当は……こんな仮面、全部投げ出したいのに)
優香はハンドルを握る手に、そっと力を込めた。
(……この人を、ちゃんと支えたい。そう思うのは、私のわがままなのかな)
車はゆっくりとカーブを曲がり、夜の街を抜けていく。
仮面をかぶった青年と、
その仮面の隙間に、そっと手を伸ばそうとする女性。
夜風は、まだ硬く閉ざされた仮面の奥へ、静かに忍び込もうとしていた。