仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

第1章・Scene17 ステージ裏の独白

 ステージの照明が落ちても、肌にはまだ熱がじんわりと残っていた。
 観客の歓声は遠くでくすぶるように響き、舞台袖ではスタッフたちの声が飛び交う。
 次の段取りを確認する気配が、落ち着かない空気を運んでいる。

 そのざわめきから一歩だけ外れた通路の暗がりで、
 宅麻大地――いや、仮面を外した蓮が、壁にもたれて静かに息をついていた。

 額にはスポットライトの熱がまだ残り、汗が静かに流れていく。
 手の甲でそれを拭おうとしたが、途中で指先から力が抜け、手がだらりと下がった。
 呼吸は浅く、胸が上下するたびシャツの布がかすかに揺れる。

(……また、あの顔だ)

 心の奥で、誰にも届かない声がひとつ、こぼれる。
 ステージで投げた笑顔、完璧な台詞回し、ファンに手を振る所作――
 すべてが“宅麻大地”としての完璧なパフォーマンス。
 けれどそこには、「自分」はどこにもいなかった。

(……俺は、いったい誰なんだ)

 唇を噛み締める。かすかに血の味が広がった。
 壁に押しつけた肩がじわじわと力を失っていく。
 崩れ落ちそうになりながらも、蓮は立っていた。

 そのとき、幕の向こうから足音が近づく。
 思わず顔を上げると、そこにいたのは――優香だった。

 照明の残光が、彼女の髪をやわらかく縁取る。
 優香は何も言わず、ただ蓮を見つめていた。

 蓮は一瞬、表情を作ることを忘れていた。
 目の奥に、苦しさと迷い――本来なら見せるはずのない“素顔”が、かすかにのぞいている。

(……見られたくないのに。どうして、この人の前では……)

 胸の奥がざらりと軋む。
 それでも、視線をそらすことはできなかった。

 優香は喉が詰まり、声を失った。
 さっきまで堂々とステージに立っていた人と同じとは思えない表情。
(……この顔、誰も知らないよね……)

 言葉をかければ、きっと彼をさらに追い詰めてしまう。
 だから、ただ見守ることしかできなかった。

 やがて、蓮は視線を伏せ、ゆっくりと壁から離れる。
 まるで何事もなかったかのように、静かに歩き出した。

 通路を抜けるその瞬間、彼はほんのわずかに肩越しに振り返る。
 唇がかすかに動いたが、声にはならない。

 その口元を見た優香の胸に、ひとすじの痛みが走った。
(……本当の“あなた”が、そこにいるのに)

 蓮の背中が、舞台袖の闇へと静かに溶けていく。
 その姿が見えなくなるまで、優香はただ、じっと立ち尽くしていた。


 
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