仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」
Scene9 夜の雨、車内にて
夜の雨は、静かに降り続いていた。
ワイパーがリズムを刻むたび、フロントガラスの水滴が街灯の光を拾い、滲んだ光が車内に散る。
暖房のぬくもりが足元を包み、湿ったアスファルトの匂いがほのかに入り込んでいた。
運転席の優香は、前を見つめたまま黙ってハンドルを握る。
助手席の蓮は、少し倒したシートにもたれながら、窓の外に目を向けていた。
車内を満たすのは、雨音とタイヤが水をはねる音だけ。
やがて、蓮がぽつりと口を開いた。
「……なあ。あんた、俺のこと“かわいそう”って思ってるだろ」
優香の手が一瞬止まりかけたが、すぐに静かに答える。
「……なんで、そう思うの?」
「だって、俺……おかしいだろ。キャラも態度もバラバラでさ」
蓮は乾いた笑みを浮かべたまま、外を見つめていた。
「“宅麻大地”が本物なら、俺はただの偽物だ」
苦い言葉を吐きながら、彼は拳を握った。
「“最近大地くん変です”って三島に言えばいいのに。
言わないのは、哀れに思ってるからだろ」
優香は答えない。ハンドルを握る手だけが、少し強くなった。
「……違うよ」
その言葉に、蓮の目が動いた。
「私は、かわいそうだなんて思ってない」
横顔のまま、それでもしっかりとした声だった。
「あなたが何を隠しても、どれだけ突き放そうとしても……」
ブレーキランプの赤が、車内をゆっくり染めていく。
「もう、試さなくていいよ。全部、わかってるから」
優香の声は優しく、それでいて確かな意志を持っていた。
「私は、何があっても――あなたの味方だよ」
蓮の視線が、ふと揺れた。
街の光が瞳に映り込み、その奥にわずかな素顔が見え隠れする。
握りしめていた拳が、そっとほどける。
張りつめていた何かが、ほんの少しだけ緩んでいくのを、彼自身も感じていた。
“味方”――そんなふうに言われたのは、生まれて初めてだった。
誰にも信じてもらえなかった自分に、あんなにもまっすぐな言葉を向ける人がいるなんて。
(……なんで、こんなに、あったかいんだよ)
蓮は窓の外へと視線を逃がした。
胸の奥にあった苛立ちが、いつのまにかどこかへ溶けていくのを感じながら。
一方、優香はじっと前を見つめていた。
隣の彼が何も言わないことに、不思議と安心している自分に気づく。
かわいそうなんて、思っていない。
ただ、放っておけなかった。あの瞳が、最初からずっと空っぽのままで――まるで、昔の自分みたいだったから。
(私も……“いい子”でいるの、疲れてたのかもしれない)
だからこそ、分かってしまう。
どんなに演じていても、どんなに壊れていても――
「あなたがそこにいる」それだけで、今の私を支えてくれている。
(私は、そばにいたい)
それが、いまの優香の答えだった。
ワイパーがリズムを刻むたび、フロントガラスの水滴が街灯の光を拾い、滲んだ光が車内に散る。
暖房のぬくもりが足元を包み、湿ったアスファルトの匂いがほのかに入り込んでいた。
運転席の優香は、前を見つめたまま黙ってハンドルを握る。
助手席の蓮は、少し倒したシートにもたれながら、窓の外に目を向けていた。
車内を満たすのは、雨音とタイヤが水をはねる音だけ。
やがて、蓮がぽつりと口を開いた。
「……なあ。あんた、俺のこと“かわいそう”って思ってるだろ」
優香の手が一瞬止まりかけたが、すぐに静かに答える。
「……なんで、そう思うの?」
「だって、俺……おかしいだろ。キャラも態度もバラバラでさ」
蓮は乾いた笑みを浮かべたまま、外を見つめていた。
「“宅麻大地”が本物なら、俺はただの偽物だ」
苦い言葉を吐きながら、彼は拳を握った。
「“最近大地くん変です”って三島に言えばいいのに。
言わないのは、哀れに思ってるからだろ」
優香は答えない。ハンドルを握る手だけが、少し強くなった。
「……違うよ」
その言葉に、蓮の目が動いた。
「私は、かわいそうだなんて思ってない」
横顔のまま、それでもしっかりとした声だった。
「あなたが何を隠しても、どれだけ突き放そうとしても……」
ブレーキランプの赤が、車内をゆっくり染めていく。
「もう、試さなくていいよ。全部、わかってるから」
優香の声は優しく、それでいて確かな意志を持っていた。
「私は、何があっても――あなたの味方だよ」
蓮の視線が、ふと揺れた。
街の光が瞳に映り込み、その奥にわずかな素顔が見え隠れする。
握りしめていた拳が、そっとほどける。
張りつめていた何かが、ほんの少しだけ緩んでいくのを、彼自身も感じていた。
“味方”――そんなふうに言われたのは、生まれて初めてだった。
誰にも信じてもらえなかった自分に、あんなにもまっすぐな言葉を向ける人がいるなんて。
(……なんで、こんなに、あったかいんだよ)
蓮は窓の外へと視線を逃がした。
胸の奥にあった苛立ちが、いつのまにかどこかへ溶けていくのを感じながら。
一方、優香はじっと前を見つめていた。
隣の彼が何も言わないことに、不思議と安心している自分に気づく。
かわいそうなんて、思っていない。
ただ、放っておけなかった。あの瞳が、最初からずっと空っぽのままで――まるで、昔の自分みたいだったから。
(私も……“いい子”でいるの、疲れてたのかもしれない)
だからこそ、分かってしまう。
どんなに演じていても、どんなに壊れていても――
「あなたがそこにいる」それだけで、今の私を支えてくれている。
(私は、そばにいたい)
それが、いまの優香の答えだった。