仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

Scene4 揺れた心の奥で

「……チッ、マジでお人好し。」

 蓮が吐き捨てるように言ったあと、優香は黙って彼を見つめていた。
 けれど、わずかに震えていた手のひらが、その胸の奥を物語っていた。

「……ねえ、大地くん」

 その声は、怒りとも哀しみともつかない感情をはらんで、微かに揺れていた。

「どうして、そんな言い方しかできないの?」

 蓮の指が止まる。

「わざと困らせたって言って、私を試して……それで、何がしたかったの?」

「……別に」

 低く返されたその言葉に、優香の感情がにじむ。

「うそ!」

 抑えていた声が、思わず上ずった。

「私だって、怖かったよ。何も言えなかった自分が、すごく情けなくて……
 でも、あなたがつらそうで……どうしていいかわからなかったの!」

 その目には、涙がにじんでいた。

「困らせたいだけなら、それでもいい。
 でも――私は、本気であなたを大切にしたいって思ってるの!」

 蓮の肩がわずかに揺れた。
 しばらくの沈黙ののち、彼は唇を噛みしめ、ゆっくりと顔を上げる。
 押し殺していた感情が、限界を越えて弾ける。

「……なんで、俺なんかを大切にしたいんだよ!」

 優香が息を呑む。

「マネージャーだからか? “宅麻大地”が、みんなに好かれるアイドルだから?
 優しくて、ちゃんとしてて、完璧で……そういう奴だから、好きなんだろ?」

 言葉の端々が、痛みのように震えていた。

「でも俺は……違う。
 ガキで、ワガママで、感情をぶつけることしかできなくて……!」

 喉が詰まり、蓮は苦しそうに言葉を続けた。

「みんな……“あいつ”みたいな完璧な奴が好きなんだよ!
 俺みたいな、素直になれないガキは……ダメなんだ……っ!」

 その叫びは、涙に濡れていた。

 優香は動かない。
 まっすぐに彼の痛みを受け止め、ゆっくりと一歩踏み出す。
 そっと、彼の手を取った。

 小さく息をのみ、震える声で告げる。

「……私が好きなのは、“完璧な大地”なんかじゃないよ」

「……え?」

「怒ったり、ふてくされたりしても、でも本当は誰よりも人の痛みに敏感で――
 全部ひとりで抱え込んで、それでもちゃんと立ってるあなたが、好きなんだよ」

 蓮の目が、ゆっくりと揺れた。

「ガキなんかじゃないよ。……ちゃんと優しい。
 自分で気づいてないだけで、私はちゃんと知ってる」

 その言葉に、蓮は胸の奥でひとりごとのように呟く。

 ――わかってる。こんな言い方、ひどいってことくらい。
 試して、怒らせて、それでもそばにいてくれるか。
 そんなの、自分勝手なわがままだって、ちゃんと分かってた。

(でも、それしかやり方がわからなかった……)

 優しくされたら、信じたくなる。
 でも、信じたら――裏切られる気がして、怖くて。
 だったら最初から傷つけた方がマシだと、ずっと思ってきた。

 それなのに。

 この人は、離れなかった。
 怒って、泣いて、それでも俺を包むように言ってくれた。
 「そんな言葉じゃ、突き放せないよ」って。

 バカみたいだ。……でも、嬉しかった。

 信じるのも、愛されるのも、怖い。
 けれど今――ほんの少しだけ。
 この人になら、甘えてもいいのかもしれない。

 蓮はうつむいたまま、何も言わず。
 その手が、そっと優香の手を握り返した。

 指先に、かすかな温もりが宿る。
 ふたりの間に、静かであたたかな余韻だけが残った。



 
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