仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」
Scene6 すれ違いと夕暮れ
照明があたたかく降り注ぎ、スタジオの空気は熱を帯びていた。
機材の金属がわずかに焦げたような匂いを放ち、カメラの回転音とスタッフの足音が交錯する。
モニターには、宅麻大地の完璧な笑顔が映っていた。
台詞の間合い、感情を込めた声、計算された視線――どれも非の打ちどころがない。
けれど、優香の胸の奥がふと疼いた。
(……どこにいるの、あの夜のあなたは?)
笑っているのに、どこか深い場所で誰とも繋がっていないように見える瞳。
抜け殻のように、ただ役だけがそこに立っているようだった。
「……カット!」
監督の声が響き、張りつめていた空気が一気に緩む。
大地――いや、蓮はスタッフに笑顔で礼を言いながら、ふと横顔を曇らせた。
「お疲れさまです、大地さん」
「……ああ」
短い返事。それでも優香は、一歩だけ踏み込む。
「昨日の大地さん、少し……いつもと違って見えました」
その瞬間、彼の目がわずかに鋭くなった。
「……何の話だよ」
低く、刺すような声。優香の胸がひやりと冷える。
「ごめんなさい。気のせいだったら……」
「そういうの、やめろよ」
蓮が一歩近づく。照明の熱が、肌にじわりと刺さる。
「誰にでも優しくしてんの? 俺にも、あの時の“俺”にもさ」
戸惑いの中で、それでも優香はそっと笑みを浮かべた。
「そんなことないですよ。私は……あなたにしか、そんなふうに声をかけてません」
一拍、空気がやわらいだ。
「私、いつでもあなたの味方ですから。つらい時は……甘えてもいいですよ?」
少し間をおいて、微笑みながら。
「……なんて、冗談ですけどね」
そう告げて、優香は静かに背を向けた。
蓮はその背中を見つめながら、汗ばんだ手をポケットの中で強く握る。
(……冗談、か。そんな顔で言うなよ……)
***
現場の喧騒から離れ、夕暮れの河川敷。
人影のない土手の上、蓮はしゃがみ込み、小石を指先ではじいて川へ投げていた。
夕陽が、川面と彼の影を淡く染める。
「……冗談、ねぇ……だったら、あんな顔で言うなよ……」
ぽつりとつぶやき、またひとつ小石を投げる。
胸の奥がざわついて、言葉にならない感情が押し寄せてくる。
そのとき――背後から足音。
「……ひとりで何してんの?」
優香の声に、蓮の肩がびくりと跳ねた。
立ち上がろうとしてバランスを崩し、変な姿勢のまま固まる。
優香が思わず吹き出した。
「もしかして……さっきのこと、考えてたりして……?」
冗談めかした声に、蓮の耳がじわりと赤く染まる。
「バ、バカかお前……! 誰が、そんな……っ」
顔をそむけ、耳まで真っ赤に染めながら、小石をやや強めに放った。
「図星だった?」
優香がにこにこと笑いながら、彼の隣に腰を下ろす。
肩が触れそうな距離。蓮はその近さに、少し息をのんだ。
夕陽がふたりの影を長く引き、あたたかな風が静かに流れる。
「……言っとくけど、別にあんたのこと信じてるわけじゃねーからな」
ぼそりと呟いた声に、優香はそっと微笑む。
「うん。でも……本当は信じてくれたんだよね」
ふたりの間に言葉はなく、ただ川面の光が揺れていた。
胸の奥で張り詰めていた何かが、静かにほどけていく――
そんな感覚が、蓮のなかに流れ込んできた。
機材の金属がわずかに焦げたような匂いを放ち、カメラの回転音とスタッフの足音が交錯する。
モニターには、宅麻大地の完璧な笑顔が映っていた。
台詞の間合い、感情を込めた声、計算された視線――どれも非の打ちどころがない。
けれど、優香の胸の奥がふと疼いた。
(……どこにいるの、あの夜のあなたは?)
笑っているのに、どこか深い場所で誰とも繋がっていないように見える瞳。
抜け殻のように、ただ役だけがそこに立っているようだった。
「……カット!」
監督の声が響き、張りつめていた空気が一気に緩む。
大地――いや、蓮はスタッフに笑顔で礼を言いながら、ふと横顔を曇らせた。
「お疲れさまです、大地さん」
「……ああ」
短い返事。それでも優香は、一歩だけ踏み込む。
「昨日の大地さん、少し……いつもと違って見えました」
その瞬間、彼の目がわずかに鋭くなった。
「……何の話だよ」
低く、刺すような声。優香の胸がひやりと冷える。
「ごめんなさい。気のせいだったら……」
「そういうの、やめろよ」
蓮が一歩近づく。照明の熱が、肌にじわりと刺さる。
「誰にでも優しくしてんの? 俺にも、あの時の“俺”にもさ」
戸惑いの中で、それでも優香はそっと笑みを浮かべた。
「そんなことないですよ。私は……あなたにしか、そんなふうに声をかけてません」
一拍、空気がやわらいだ。
「私、いつでもあなたの味方ですから。つらい時は……甘えてもいいですよ?」
少し間をおいて、微笑みながら。
「……なんて、冗談ですけどね」
そう告げて、優香は静かに背を向けた。
蓮はその背中を見つめながら、汗ばんだ手をポケットの中で強く握る。
(……冗談、か。そんな顔で言うなよ……)
***
現場の喧騒から離れ、夕暮れの河川敷。
人影のない土手の上、蓮はしゃがみ込み、小石を指先ではじいて川へ投げていた。
夕陽が、川面と彼の影を淡く染める。
「……冗談、ねぇ……だったら、あんな顔で言うなよ……」
ぽつりとつぶやき、またひとつ小石を投げる。
胸の奥がざわついて、言葉にならない感情が押し寄せてくる。
そのとき――背後から足音。
「……ひとりで何してんの?」
優香の声に、蓮の肩がびくりと跳ねた。
立ち上がろうとしてバランスを崩し、変な姿勢のまま固まる。
優香が思わず吹き出した。
「もしかして……さっきのこと、考えてたりして……?」
冗談めかした声に、蓮の耳がじわりと赤く染まる。
「バ、バカかお前……! 誰が、そんな……っ」
顔をそむけ、耳まで真っ赤に染めながら、小石をやや強めに放った。
「図星だった?」
優香がにこにこと笑いながら、彼の隣に腰を下ろす。
肩が触れそうな距離。蓮はその近さに、少し息をのんだ。
夕陽がふたりの影を長く引き、あたたかな風が静かに流れる。
「……言っとくけど、別にあんたのこと信じてるわけじゃねーからな」
ぼそりと呟いた声に、優香はそっと微笑む。
「うん。でも……本当は信じてくれたんだよね」
ふたりの間に言葉はなく、ただ川面の光が揺れていた。
胸の奥で張り詰めていた何かが、静かにほどけていく――
そんな感覚が、蓮のなかに流れ込んできた。