仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

Scene11 夜の告白

 夜も更け、ふたりはソファに並んで座っていた。
 カーテンの隙間から街灯の光が差し込み、室内をやわらかく染める。
 遠くを走る車の音が、静かな空気をわずかに揺らしていた。

 優香は膝の上で指を組み、そっとひとつ息を吐いた。
「私ね、小さい頃から“いい子”って言われて育ったの。
 家でも、学校でも――誰の期待も裏切らないように、ずっと気を張って生きてきたの」

 語りながら、胸の奥にじくりと小さな痛みが滲む。
 笑うことしかできなかったあの頃。
 けれど今だけは――本当の自分を、彼に見せたいと思った。

 隣で静かに耳を傾けていた蓮が、そっと彼女の方を見た。
 その横顔は、淡い光に照らされ、どこか切なげで美しかった。

「でも、本当は……何がしたいかも、どうしたいかも、わからなくなってた。
 ずっと誰かの顔色ばかり見てたから」

 小さく微笑む優香に、蓮がぽつりと問いかける。
「……今は、違うの?」

 彼女は頷いた。はっきりと。
「うん。もう“いい子”じゃなくていい。
 私は、自分の意思で動きたい。……大地くんを守りたいって、自分で決めたの」

 その言葉に、蓮の目がわずかに見開かれた。
「……守る、なんて……俺なんかを?」

 まっすぐに見つめ返す優香の瞳が、揺るぎなかった。
「うん。誰がなんと言っても、私はそうしたいと思ったの」

 夜の深さが、ふたりの間にやさしく満ちていく。

 蓮は視線を落とし、拳を握ったまま、かすれた声を漏らした。
「……ありがとな」

 その声は、心の奥を掘り起こされるように震えていた。

(……守る、なんて。
 誰かが俺にそんな言葉を言う日が来るなんて、考えたこともなかった。
 三島の目と声が、何度も頭をよぎる――“宅麻大地じゃなきゃ、お前に価値はない”。
 そんなふうに縛られて、息が詰まりそうで……
 でも、優香は“俺を守りたい”って言った。
 ……バカみたいだよな。俺なんかを。でも……
 今だけは、信じてみたい。
 信じてみたら、少しは楽になれる気がする)

 沈黙のなかで、重く張りつめていたものが、少しずつほどけていく。

 蓮は小さく息を吐くと、身体の力を抜くように、ゆっくりと優香の肩へと寄りかかった。

「……大地くん?」

 優香は戸惑いながらも、その重みを受け止めた。
 彼の呼吸が、次第に穏やかに整っていく。

「……寝ちゃったの?」

 その寝顔を見つめながら、優香はふっと笑みを浮かべた。
「ふふ……やっと、安心してくれたのかな」

 そっと彼の肩に毛布をかけながら、優香は小さな声でつぶやいた。
「……おやすみ、蓮くん」

 その名を口にした自分に、少し驚く。
 けれど蓮は、もう静かに眠っていた。

 夜の街が、ふたりの静かな呼吸を包み込んでいた。



 
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