仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」
Scene10 無意識のメロディ
夕食を終え、優香は台所で静かに片付けをしていた。
ソファに腰を下ろした蓮は、ぼんやりと部屋を見回す。
カーテン越しの街の灯りが、壁にやわらかな影を落としていた。
ふと、視線の先――小さなラックに並んだ数枚のCDが目に留まる。
「……ん?」
何気なく手を伸ばし、一枚を取り出した。
ジャケットには、少し前の時代を思わせる衣装をまとった青年。
憂いを帯びた瞳が、こちらをまっすぐに見ている。
「この人……誰だ?」
台所から優香の声が返る。
「それ? 黒瀬蓮っていうんだ。昔、アイドルをやってて……私、すごく好きだったの」
「へえ……」
蓮はジャケットを見つめたまま、どこか引っかかるような顔をした。
「……どこかで見たことある気がするんだよな」
優香がふっと笑う。
「そうなの? ……実はね、大地くんのこと、誰かに似てるなって思ってたんだ」
「誰に?」
「黒瀬蓮。……雰囲気とか、声とか……時々すごく似てるって思う」
蓮はジャケットの写真と、自分の顔を交互に見比べて眉を寄せた。
「……似てる、かなぁ」
優香は手を拭きながらリビングへ戻り、やさしく微笑む。
「聴いてみる? この曲、すごく好きなの」
蓮が頷くと、優香はプレイヤーにCDをセットした。
淡いバラードが静かな部屋に流れはじめる。
柔らかな旋律が夜の空気を揺らし、ふたりの間をそっと満たしていく。
――そのとき。
蓮の唇が、ゆっくりと動いた。
小さな声が、流れるメロディと自然に重なっていく。
「……♪ たとえ夜に迷っても 君の声が灯になる……」
優香が驚いて顔を上げた。
「……今、歌った?」
蓮ははっとして、自分の口元に手を当てる。
「えっ……? オレ……なんで……?」
胸の奥に、知らないはずの歌詞が自然に浮かんでくる。
(……どうして知ってるんだ、俺……?)
優香は驚きと、ほんの少しの確信を胸に抱きながら、小さく笑った。
「……知ってたの?」
「……知らない、はずだよ……なのに……勝手に出てきた」
ふたりはしばらく見つめ合い、そして、少しだけ笑い合った。
けれど、その笑顔の奥に、それぞれ違うざわめきが生まれていた。
(やっぱり……間違ってなかったのかもしれない)
――優香の胸の奥で、静かに声がする。
(俺は……一体、何者なんだ……?)
――蓮は目を伏せ、そっと息を飲んだ。
やわらかなメロディが流れ続ける。
優香は少し間を置いて、ふっと視線を落とした。
「……ねえ、大地くん。ふたりきりの時は、“蓮”って呼んでもいい?」
その声は、冗談のようでいて――どこか真剣だった。
蓮は一瞬きょとんとしたあと、眉を寄せる。
「……蓮?」
「うん。もちろん、ふたりの時だけだよ」
優香は笑ってみせたが、その目はまっすぐで、どこか探るようでもあった。
「……時々、まるで別の人みたいになるでしょ? この前も……楽屋で、すごくつらそうだった」
蓮の肩がわずかに揺れる。
視線を落とし、長い沈黙のあと、小さく息を吐いた。
「……ああ。……あれは、ストレスがたまりすぎると、別人みたいに荒れるんだよ」
その声は、どこか遠くを見るようで、自分自身を責める響きを含んでいた。
「……そうだね」
優香は静かにうなずき、ほんの少しだけ笑顔を見せた。
「でも、どんな大地くんでも――私は、好きだよ」
その言葉に、蓮はわずかに目を見開く。
胸の奥に、じんわりと温かいものが広がっていく。
そして、ほんの小さく、照れくさそうに笑った。
優香も、その笑顔に気づき、そっと微笑む。
やわらかなバラードが、ふたりを包むように流れ続けていた。
その音は、まだ名前を知らない“何か”を、静かに呼び覚ましているようだった。
ソファに腰を下ろした蓮は、ぼんやりと部屋を見回す。
カーテン越しの街の灯りが、壁にやわらかな影を落としていた。
ふと、視線の先――小さなラックに並んだ数枚のCDが目に留まる。
「……ん?」
何気なく手を伸ばし、一枚を取り出した。
ジャケットには、少し前の時代を思わせる衣装をまとった青年。
憂いを帯びた瞳が、こちらをまっすぐに見ている。
「この人……誰だ?」
台所から優香の声が返る。
「それ? 黒瀬蓮っていうんだ。昔、アイドルをやってて……私、すごく好きだったの」
「へえ……」
蓮はジャケットを見つめたまま、どこか引っかかるような顔をした。
「……どこかで見たことある気がするんだよな」
優香がふっと笑う。
「そうなの? ……実はね、大地くんのこと、誰かに似てるなって思ってたんだ」
「誰に?」
「黒瀬蓮。……雰囲気とか、声とか……時々すごく似てるって思う」
蓮はジャケットの写真と、自分の顔を交互に見比べて眉を寄せた。
「……似てる、かなぁ」
優香は手を拭きながらリビングへ戻り、やさしく微笑む。
「聴いてみる? この曲、すごく好きなの」
蓮が頷くと、優香はプレイヤーにCDをセットした。
淡いバラードが静かな部屋に流れはじめる。
柔らかな旋律が夜の空気を揺らし、ふたりの間をそっと満たしていく。
――そのとき。
蓮の唇が、ゆっくりと動いた。
小さな声が、流れるメロディと自然に重なっていく。
「……♪ たとえ夜に迷っても 君の声が灯になる……」
優香が驚いて顔を上げた。
「……今、歌った?」
蓮ははっとして、自分の口元に手を当てる。
「えっ……? オレ……なんで……?」
胸の奥に、知らないはずの歌詞が自然に浮かんでくる。
(……どうして知ってるんだ、俺……?)
優香は驚きと、ほんの少しの確信を胸に抱きながら、小さく笑った。
「……知ってたの?」
「……知らない、はずだよ……なのに……勝手に出てきた」
ふたりはしばらく見つめ合い、そして、少しだけ笑い合った。
けれど、その笑顔の奥に、それぞれ違うざわめきが生まれていた。
(やっぱり……間違ってなかったのかもしれない)
――優香の胸の奥で、静かに声がする。
(俺は……一体、何者なんだ……?)
――蓮は目を伏せ、そっと息を飲んだ。
やわらかなメロディが流れ続ける。
優香は少し間を置いて、ふっと視線を落とした。
「……ねえ、大地くん。ふたりきりの時は、“蓮”って呼んでもいい?」
その声は、冗談のようでいて――どこか真剣だった。
蓮は一瞬きょとんとしたあと、眉を寄せる。
「……蓮?」
「うん。もちろん、ふたりの時だけだよ」
優香は笑ってみせたが、その目はまっすぐで、どこか探るようでもあった。
「……時々、まるで別の人みたいになるでしょ? この前も……楽屋で、すごくつらそうだった」
蓮の肩がわずかに揺れる。
視線を落とし、長い沈黙のあと、小さく息を吐いた。
「……ああ。……あれは、ストレスがたまりすぎると、別人みたいに荒れるんだよ」
その声は、どこか遠くを見るようで、自分自身を責める響きを含んでいた。
「……そうだね」
優香は静かにうなずき、ほんの少しだけ笑顔を見せた。
「でも、どんな大地くんでも――私は、好きだよ」
その言葉に、蓮はわずかに目を見開く。
胸の奥に、じんわりと温かいものが広がっていく。
そして、ほんの小さく、照れくさそうに笑った。
優香も、その笑顔に気づき、そっと微笑む。
やわらかなバラードが、ふたりを包むように流れ続けていた。
その音は、まだ名前を知らない“何か”を、静かに呼び覚ましているようだった。