仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

Scene19 月に照らされた素顔

 月の光が波に溶け、静かに揺れていた。
 夜の砂浜。寄せては返すさざ波の音だけが、ふたりの鼓動をやさしく包んでいる。

 蓮が不意に歩み寄り、優香の手を取った。
 指先に伝わる体温に、優香の瞳がわずかに揺れる。

「……大地くん?」
 思わず呼んだその声に、蓮はゆっくり首を横に振った。

「違う……今は、大地じゃない」
 低く震えた声。でもそこには、確かな意志があった。

「俺……たぶん、ずっと怖かったんだ。誰かにこんなふうに触れて、気持ちを伝えるのが……」
 月明かりが、彼の頬に淡い影を落とす。

「でも今は、伝えたいって思った。優香にだけは――嘘つきたくない」

 優香は息をのんだまま、彼を見つめた。
 胸の奥で、あたたかいものがふわりと膨らんでいく。

「……びっくりしたよ」
 絞り出した声は、笑っているようで、でも少し震えていた。

「でもね……すごく、嬉しい」

 そっと、握られた手をぎゅっと握り返す。

「これが……本当のあなたなんだね」

 蓮は一瞬目をそらし、照れくさそうに笑った。
 その笑顔が、夜の光にやわらかく映える。

「……もしかして、さっき私にキスしたこと……まだ気にしてたりして?」
 優香が少しからかうように囁くと、蓮はむっとしたように視線を逸らした。
 耳の先が赤く染まっていくのを見て、優香の胸がじんわり熱くなる。

(……かわいい。こんな顔、誰にも見せてほしくない)

 その背中を追いかけ、優香はそっと腕を回した。
 胸元に寄り添えば、彼の体温がくっきりと伝わってくる。

「ごめんね、からかって……でも、もう少し……こうしてたいの」
 その声は、ささやくように優しくて、迷いがなかった。

 蓮の肩がわずかに震えた。
 けれどその手を払うことなく、彼は静かに優香の腕に身をゆだねた。

 波音に包まれながら、ふたりの距離は、もう誰にも邪魔できないほど近くなる。
 月明かりが照らすその静かなぬくもりのなか――

 胸の奥には、まだ思い出せない何かが、霞のように漂っていた。



 
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