仮面のアイドルの正体は、記憶を失った少年だった 「記憶を失った少年が、“仮面のアイドル”として生きる運命とは――?」

Scene24 控室での挑発

控室。
収録を終えた余韻だけが残り、薄暗い照明の下で蓮は壁際に立ち尽くしていた。

「……な、璃子さん……?」

「逃げないで、蓮。」

ヒールの音が静寂を割る。
近づくたびに空気が張り詰め、蓮の背中は壁に押しつけられた。

「ねぇ、覚えてるでしょ……? あの夜、私の膝で泣いたあなたを。」

喉の奥で呼吸がつまる。
視界が滲み、封じ込めてきた記憶がじわりと浮かぶ。

夜の控室。
「……行くなよ……俺のそばにいてくれよ……」
涙を隠すこともできず、彼女の手を必死に求めた夜。

その温度が、まだ指先に残っている気がした。

「そして……その夜、あなたは私を――」

璃子が蓮のすぐ近くまで身を寄せた。
香水の匂い、吐息、揺れる睫毛。
シャツ越しに触れる手の温度に、心臓が乱れる。

(……だめだ……俺には優香がいる……なのに――)

璃子の唇が触れそうになった、その瞬間。

ガチャリ。

「――やめて!!」

控室のドアが弾けるように開き、優香が立っていた。
涙をにじませながらも、その瞳には強い意志が宿っている。

「やめてください……大地くんに……そんなこと、しないで……!」

蓮の胸に置かれていた璃子の手が離れる。
そして、意味ありげな笑み。

「……あなたが、彼の“今”なのね。」

優香は一歩前へ進んだ。
揺れているのに、折れない声だった。

「……大地くん、帰ろう。」

泣きそうな瞳なのに、その声だけはまっすぐで、揺らがなかった。

蓮は息を呑み、目を伏せる。

(……優香……)

璃子は背を向けた。

「また会いましょう、蓮。」

扉が閉まる音だけが残り、静けさが戻る。

蓮が掠れた声で呟く。

「……ごめん……」

優香は何も言わず、そっと彼の手を取った。

「……帰ろう。……一緒に。」

ふたりの影が重なり、控室の空気がゆっくりと溶けていった。
 
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