鏡の中の偽証者
影の席に風が入る
教室の窓を開け放つと、ふわりと薫風が吹き込んできた。

それはただの風ではなく、青葉の匂いと、どこか遠くの土の温もりを運んでくる。

日差しは強く、肌に触れるとわずかに薄暑を感じた。

十七夜月《かのう》ヒロは角の席に腰を掛け、お気に入りのミステリー小説をスクールバックから取り出した。

朝余裕を持って登校したこともあり、教室には人の姿がない。

そのため、本を読む環境に最適である。

栞を挟んであるページを開き、本の世界に没頭した。








「ぇ..ヒロ....ねぇヒロ聞いてるの!?」

次の瞬間、バン!という衝撃音が耳を貫く。

「!」

思わず肩を震わせ、首をすくめる。

強制的に現実から引き戻された気がした。

辺りを見渡せば、普段の活気ある教室で賑わっている。

馴染みのある元気な声..。

視線を前に向けると、親友であり幼馴染の優里《ゆうり》リツが、僕を凝視している。

叩きつけられた机の振動が、まだ手のひらに残っているようだった。

彼は手に持っていた本を奪い取り、表紙を確認した。

「『鏡の中の偽証者』..これ何回も見たことある....また同じ本読んでるの?」

複雑な表情で問いかけてくる。

「うん、そうだよ。リツ君も良ければ1度読んでみてほしい....。」

「ああ、これ?読んだことあるよ。まあ、ぼちぼちだったかな。」

曖昧で、何の熱意も感じられない一言。

リツと僕は、互いのことを写し鏡のように知っている。

彼は太陽の下で活動するアウトドア派に対して、僕は影を好む静かなインドア派だ。

お気に入りである「本」に対して、リツが微塵も興味を示さないことは、幼馴染として理解している。

仕方のないことだと、頭では割り切っていたはずなのに....。

本を僕に戻す際、カバーが少し折れ曲がったまま、無造作に机に置かれる。

その瞬間、受け入れていたはずの「無関心」が、初めて痛みとして僕の心に届いてしまった。

「そんなことよりヒロ、今日転校生が来るの知ってた?」

「えっ先生何か言ってたっけ....?」

「いや、突然決まったらしいよ。まぁあるいは先生の伝え忘れ説もあるけどね」

「へぇ....」

転校生..か....。

僕が通っている学校、創知《そうち》未来高等学校は大学進学を志している。

そのため、ある程度勤勉を全うしていなければ、入学するには厳しい特徴があった。

「転校生が来るなんて..凄く珍しいね....」

影のような僕には所詮、きっと関わることのない遠い存在....。

ふと呟いてしまったが率直に言えば、どうでも良いことに過ぎなかった。

「良ければお願いがあるんだけど....」

同時に彼は、顔の前に手を合わせる。

「先生に机と椅子をヒロの隣の席に設置して欲しいって頼まれたの。だから一緒に空き教室から運ぶの手伝ってくれない?」

「まぁ..いいよ....」

思えば僕の席は、視線の行き渡らない窓辺の隅。

隣には誰も居らず、並びから外れた席に配置されている。

「....」

(隣の席に来るのか....。案外、関わる機会があるのかもしれないなぁ....)

「ヒロ、どうしたん?」

「あっいや..何でもない」

席から立ち上がり、リツの後について行く。

全く興味のなかった転校生の存在が身近であることを自覚し、思わず肩をすくめてしまった....。








空き教室のドアを引くと、人が立ち寄らないせいか空気が薄い靄に包まれている。

「俺は椅子持っていくから、ヒロは机をよろしくね」

「分かった」

互いに手頃なものを持ち出し、その場を後にした。







ここからクラスまで、近しいとも遠いとも言い難い距離である。

しかし登校時間と重なっていることもあり、廊下は人通りが多かった。

「これ、上手く運べるのかなぁ....」

思わず呟くと、無感情な声が背に投げつけられた。

「運ぶしかないでしょ。予鈴まで時間ないし、急いで先に行って。俺は後ろから着いていくからさ」

「ぇ....」

再度痛みが、胸の奥を打ち据える。

(そこまで言うなら先陣切ってほしいんだけどなぁ....)

吐き出せない本音をとっさに抑え、彼の言葉に黙って頷いた。








時間内に教室へ辿り着けるか不安を抱えていたが、いとも容易に解消される。

偶然通りかかった担任の山本先生が、廊下で群がっている生徒へ道を開けるように呼びかけてくれたからだ。

しかし、道を確保出来たからといえ、あまり心地の良いものではなかった。

容姿に対する蔑み、それに同情する集団の嘲笑、威圧感のある鋭い視線....。

先の尖った鋭い棘は、全て僕の心に突き刺さる。

「よし、今のうちに行こう。ゴールはもうすぐそこにあるよ!」

背後にいたリツは、先陣を切るように早々と歩き出す。

「ぁ..まっ待ってよ....」

重い机を持ち上げ、彼の後を必死に追いかけていった。








教室へ辿り着くと、大多数の生徒が着席している。

その中、太陽の下で活動する数人、いわゆるアウトドア派の集団が教卓の前で盛り上がっている。

(周りの人の様子を気にしてないのかな。もうすぐ予鈴鳴るのに....。)

眩しい日差しに目を奪われていると

「それ貸して」

両手で持っていた机を勢いよく引っ張られ、思わず手を離した。

視線を声のした方へ戻すと、リツが代わりに運んでくれていた。

「あの..ごっごめんあ....」

「おっリツ、朝いなかったから休みだと思ってたわ。ちょっとこっち来いよ!」

「はーい!」

ビュッと初夏でありながら、冷たい風が吹く。

「ありがとう」の一言を伝えておきたかったが、気が付いた時には既に、彼は集団の輪の中に加わっていた。

「....」

時計を確認すると、予鈴1分前。

僕はため息混じりに、窓際の席へ腰を掛けた。








予鈴が鳴るとリツを含め、集団はそれぞれ散らばる。

教室が静まり返った数分後、担任の山本先生がドアを乱暴に押し開けた。

歩くたびに床が音を出し、まるで丸い風船のような身体をしている。

一息つくと、担任が口を開く。

「何人か耳にしている人もいると思いますが、急遽このクラスに仲間が増えることになりました」

「えっそうなん!?」

「男子!?それとも女子!?」

口々に生徒が声を上げ、まるで休憩時間のように騒ぎ始める。

「....」

隣の席に誰かが座る。

その小さな変化が、僕の静かな世界を少し揺らしていた。
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