愛を知らない御曹司は専属メイドにご執心

訪れた転機

「へぇ? そうなんだ? ま、どうでもいいけどな。それじゃあ俺、帰るわ」

 巴さんの言葉を聞いても、まるで何事もなかったかのように背を向けた高間さんを目の当たりにした瞬間、胸の奥がきゅっと苦しくなる。

 これだけのことをしておいて、そんな何も無かったみたいに居られること、この程度じゃ警察も動かない──結局このまま泣き寝入りなのかと不安が喉の奥まで上がってくる。

 そんな中、巴さんは迷いなく言い放った。

「必ず後悔させてやるから覚悟をしておけ。それと、今後一切パティシエを名乗ることは出来ないから、そのつもりでな」

 その言葉に、そうだったらどんなに嬉しいかという気持ちと、でも現実はそんなに甘くないという不安が胸の中で入り混じる。

 高間さんもそう思ったのだろう。

 鼻で笑い、「いくら金持ちだからって、アンタにそんなこと出来ねぇだろ」と言い捨て、私の横を通り過ぎて出ていった。

 扉が閉まる音が、思っていたよりもずっと重く響いていた。

 静まり返った店に、残された私たち。

「……どうしよう、お父さん……結局何も、解決出来てない……このままじゃ、お店が……」

 絞り出すように呟くと父はただ私の背をさすってくれたけど、その父の手も少し震えていて余計に胸が苦しくなる。

 すると、そんな私たちを見ていた巴さんが、

「それについても直に解決するから、心配ねぇよ」

 まるで、大したことではないとでも言うような落ち着いた声でそう声を掛けてきた。

「え?」

 この状況で何をと思うくらいに不思議で、まばたきも忘れたまま彼を見つめてしまう。

(何を、しようとしているんだろう)

 そう思うけれど巴さんの性格上、それを教えてはくれないだろうから聞かなかった。

「如月、帰るぞ」

 そして、如月さんに声を掛けた巴さんは背筋を伸ばしたまま店の出口へ向かって歩いていく。

「それでは、失礼致します」

 そんな言葉と共に軽く会釈をした如月さんが巴さんの後を追いかけるように店を出て行き扉が閉まると、静寂の中で私は小さく息を吐いた。

 どうしてだろう、不安は全然消えないのに、巴さんが大丈夫と言うのなら何とかなるような気がしてしまい、不思議と表情は和らいでいた。
< 50 / 69 >

この作品をシェア

pagetop