愛を知らない御曹司は専属メイドにご執心
「お待たせいたしました。本日二度目のお菓子はマドレーヌでございます」

 そう告げて、私は櫻井さんから預かってきた菓子と紅茶、ミルクを彼の前に並べる。

「随分時間が掛かったな。運ぶだけだろう」
「すみません。廊下や厨房で、皆さんに声を掛けられて……」
「勤務中の私語か。相変わらずだな」

 部屋へ戻るまで少し時間がかかってしまったのは事実なので、その指摘に私は素直に頭を下げた。

「すみません」
「……らしくねぇな」
「え?」
「前のお前なら、もっと噛みついてきただろ。調子が狂う」

 不機嫌そうに眉を寄せる彼にどう返せばいいのか分からず、「すみません……?」と曖昧に謝ると、

「生意気な方が張り合いがある。今のお前はつまらねぇ。ここで働くなら今まで通りでいろ」

 以前も別に生意気な態度を取っていたつもりは無いのでつい言い返しそうになるのをぐっと堪える。

「それからだ、恩を返すとか言ってたが、俺はそんなもの売った覚えはないからな、そんなことは考える必要もねぇ。分かったな?」

 淡々とした言葉なのに、胸の奥がわずかに温かくなる。

 素直じゃ無いなと思いつつも、巴さんの気遣いが嬉しい。

「……分かりました」

 そして、マドレーヌを一口、その後で紅茶を含んだ彼は少し間を置いて続けた。

「それともう一つ、これからもここで働くつもりなら、これからは畏まるな。もっと砕けて接しろ――いいな?」

 命令口調なのに、どこか照れ隠しのような要望。

 本来なら、そのようなことをする訳にはいかない。

「……ですが……」
「お前は俺の専属だ。俺がそうしろと言えばそれに従う権利がある。周りがそれについて何か言うようなら俺に言え。いいな?」

 だけど、他でもない巴さんからの要望となると無下には出来ず、私は戸惑いながらも「分かりました」という言葉と共に静かに頷いた。
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