愛を知らない御曹司は専属メイドにご執心
「巴様、大変失礼致しました! すぐに下がらせますから――」

 巴さんに生意気な態度を取った私に、先程以上の焦りを浮かべた如月さんが私の腕を掴んで部屋を出ようとするけれど、

「偉そうなことを。まあ金に困って応募したんだろうから、すぐには辞められないだろうな。けど、初めは皆、お前のようなことを言うんだ。今までのメイドもみんなそうだったしな」

 私の言葉に苛立ったのか、巴さんから言葉が投げ掛けられたことで再び部屋に留まる羽目に。

 別に否定はしない。

 だって、お金に困ってるから応募したのは事実だし、そもそも困っていなければ働きになんて来ないもの。

「ええ、そうです。お金の為に来ました。だから、簡単に辞められないんです」

 そう正直に答えると、彼は意外そうに目を細めた。

「はっ、開き直りか」
「そういう訳じゃありません、事実を申したまでです」

 部屋の空気が更に凍りついていくのは感じていたし、如月さんも青い顔をしながら『もう止めなさい』と目配せしているのが分かったけど、私は止められなかった。

 微動だにせずにじっと見つめてくる巴さん。

 その瞳は相変わらず冷たい感じがするのに、先程までとはどこか違い、興味を持たれているような眼差しに感じられたけど、気のせいだろうか。

「――まあいい、そんなに言うならやってみろ。但し、あれだけ偉そうなことを言ったんだから、少しでも弱音を吐いたらすぐにクビにしてやるから、肝に銘じておけ」
「ありがとうございます! クビにならないよう、頑張ります! それと、偉そうなことを言ってすみませんでした。何もしていない段階で決めつけられるのは嫌だったので、無礼を承知で言わせていただきました」

 一応、さっきの無礼な態度について詫びると、巴さんの口元がわずかに動いたけれど、それが笑みなのか嘲りなのかは分からない。

 でも、どちらにしても負けず嫌いな私はとにかく頑張るしか無い、頑張って彼から良い評価を貰いたいと思った。

 こうして、無事に巴さんへの挨拶を済ませた私は如月さんに腕を引かれて部屋を後にした。
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