令嬢は農地改革から始めるそうです 〜王都を飛び出したら人生が充実しすぎて困る〜

第18話 令嬢、次の大地を耕します

「アメリア様、開拓連盟から緊急依頼です!」

リリアが駆け込みながら差し出したのは、連盟本部からの特急書簡だった。

『支援要請:東部新設開拓地“ルグレア”の開発進捗が停止。原因不明の定着失敗、技術不足、住民不安が重なっており、モデル村として実績のある“カレジア村”に現地支援を求む』

アメリアは即座に立ち上がった。

「行きましょう。耕された地を守るのも開拓ですが、“まだ耕されていない地に鍬を入れる”のもまた、わたくしたちの使命ですわ」

■支援メンバー構成
・団長:アメリア・ルヴァリエ
・副団長:リリア(胃薬持参)
・技術支援:ガストン(筋肉&道具)
・記録&交流:ルーク(棒人間日報係)
・副交渉官:ティナ(子どもにも話せる優しさ枠)
・応援要員:ネル(速さ担当)

旅立ちの日。

村人総出の見送りには、横断幕と干し芋の山。

「行ってきますわ! 必ず、次の大地も耕してまいります!」

道中、馬車の中。

「“ルグレア”って、聞いたことあるような……?」(ルーク)

「開拓連盟の新設地の中でも、特に地質が不安定で“最も定着率が低い”村ですの」

「じゃあ、なぜそこに村を?」(リリア)

「“それでもそこに人が行きたがる理由”があるからですわ」

アメリアの眼差しは、遠く“まだ耕されていない未来”を見据えていた。

一行がルグレア村に到着したのは、午後の光が傾き始めた頃だった。

見渡す限り、雑草と石礫。
仮設の家々は建っていたが、どこか空気が重い。

「……静かですね」
(ティナ)

「人がいるのに、気配がしない感じがする……」
(ネル)

アメリアは村の入口で立ち止まり、深呼吸した。

「ここが、今日からわたくしたちが耕す“新しい土”ですわ」

しかし、出迎えはなかった。

門の前で、ようやく姿を見せたのは、腕を組んだ初老の男性。

「カレジア村の支援部隊……だそうだな」

「はい。アメリア・ルヴァリエと申します」

「俺は、暫定村長のグリフ。まあ、好きにしてくれ」

「え……?」(リリア)

「どうせうちはもうダメだ。誰も本気で残る気なんざねえ。行政に言われたから仕方なく生きてるだけだ」

その言葉は、空気より重く響いた。

「……けれど、ここにいるということは、“まだ諦めきれていない人がいる”ということですわ」

「理屈だけは立派だな、お嬢さん。だが理屈で腹は膨れねえ」

グリフは肩をすくめて去っていった。

村のあちこちから、視線だけが突き刺さってくる。

ガストン「……なんか、前より重くない……?」
ルーク「え、オレ棒人間すら描く気力が……」

だが、アメリアの声は揺らがない。

「畑は最初、拒みますの。鍬の音が聞こえるまでは。わたくしたちは、その“最初の音”を響かせに来たのです」

彼女は、広場の真ん中に立ち、宣言した。

「明朝より、開拓支援を開始します!。……この地に、“ひとつでも希望を残して”帰りますわ」

翌朝、薄曇りの空の下、アメリアたちは作業着に着替えて広場に立っていた。

「第一目標、“目立つ場所で働く”。見せることで信頼を作りますわ」

「見せるって……何を?」(ルーク)

「“本気の鍬の音”ですわ」

作戦は単純だった。
村の中央で、一番目立つ土地を「支援実演用畑」として耕し始める。

アメリアが鍬を振るえば、リリアとガストンが整地、ルークが実況。
ティナは子どもたちに小型鍬を配り、ネルは隣の家々に「鍬っていいぞ通信」を配布していた。

しかし、村人たちは遠巻きに見るだけで、誰ひとり近寄ってこなかった。

「……やっぱり、簡単にはいかないですね」
(リリア)

「まだ“理由”が足りませんの」
(アメリア)

午後、最初の変化は突然に訪れた。

一人の少女が、土の匂いに釣られて近づいてきた。

「それ……何してるの?」

「畑を耕してるのよ。やってみる?」(ティナ)

「……わたし、土触ったことない」

「じゃあ、今日がその日ね」

ティナがそっと鍬を差し出すと、少女はおそるおそるそれを握った。

一回、二回。

土が、ふわっと返った。

「……なんか、ふしぎな感じ」

「それが、“耕す”ってこと」
(ティナ)

その光景に、家の影から大人たちが顔をのぞかせ始めた。

翌日には、年配の男性が「手順を見せてくれ」と言い出し、
次には母親たちが「干し芋ってどう作るの」と訪ねてきた。

「土はね、誰かが触れるのを“ずっと待ってる”んですわ」
(アメリア)

ひとつ、またひとつ。
その地に、“理由”が生まれていた。

支援3日目。

ルグレア村に、“分かれ目”が現れ始めていた。

「畑を続けたい」「でも、もう疲れた」「どうせ失敗する」

村人たちの間で、気持ちの温度差が顕著になっていた。

「……やはり、ただ耕して見せるだけでは“道”にはなりませんわね」
(アメリア)

夕刻、アメリアは広場に机と椅子を並べ、即席の“村人会議”を開催した。

「本日は、“この村に残るかどうか”を、あなた方自身で選んでいただきたいのです」

「え? それ、行政が決めるんじゃ……?」

「いいえ。未来は、与えられるものではありません。“耕すかどうか”は、皆さま次第です」

集まったのは、村人のほぼ全員。

ガストンが鍬を持って言う。
「オレたちは“道具”じゃない。耕すのは、意思のある人間だけだ」

ティナが続けた。
「“できるよ”って言われるより、“やってみていい”って言われた方が、心が動くんです」

そして、アメリアが締めた。

「わたくしたちは、ここに“道”を作りには来ていません。“歩き出したい人”のために、“始まりの一歩”を置きに来たのです」

その言葉に、最初に手を挙げたのは、初老の村人だった。

「……わしは、もう一度だけ、畑に出てみる。やるかどうかは、明日の気分しだいだが」

次に若者が。
「オレ、耕運機じゃなくて“人の鍬”で畝を作るの、初めて見た。……ちょっと、やってみたい」

最後に、少女が。
「わたし、ティナちゃんと一緒に花を育てたい!」

アメリアは微笑んだ。

「それが“耕し”ですわ」

“できるか”ではなく、“やってみたいか”から始まる選択。

それこそが、開拓という名の支援だった。

「畝一本だけでもいいから、作ってみたい」

その言葉を皮切りに、翌朝のルグレア村には新しい空気が流れていた。

朝日とともに、村の広場には鍬を持つ人々が少しずつ集まってくる。

「誰がリーダーをやるんですか?」
「わたし、去年まで畑触ったことなくて……」

そんな声に、アメリアは即座に応えた。

「“誰かが前に出る”のではなく、“みんなで隣に並ぶ”のですわ」

ルークが掲げたボードには、シンプルにこう書かれていた。

【今日の目標:畝を3本、心を1つ】

ガストンが笑顔で石を並べ、作業分担の目印に。
ティナとネルは子どもたちと一緒に“花のための小さな苗床”を作っていた。

リリアは鍬を持ちつつ、ぼそっと呟いた。

「……最初にお嬢様が“ひとりで耕しはじめた”日のこと、思い出しますわね」

ガストンが答える。

「今度は“ひとりじゃない”。それが、支援ってやつさ」

アメリアはその会話を聞きながら、黙ってひとつ目の鍬を振るった。

土の感触が、少し柔らかくなっていた。

そこに、ルグレアの初老の村人グリフが近づく。

「……こんな感触、久しぶりだ」

「土は、手を入れれば応えてくれますの」

「いや、応えない時もある。それでも、誰かと耕すと……“悔しくない”」

その背中は、確かに“耕す者のもの”になりつつあった。

夕方、目標だった3本の畝は無事に完成していた。

小さく、真っすぐで、どこか歪で、でも確かな畝だった。

「これは、未来に続く道ですわ」
(アメリア)

支援七日目の朝。

アメリアたちの帰還準備が整う中、ルグレア村の人々は、無言で広場に集まっていた。

グリフが鍬を担ぎ、代表として前に出る。

「お前たちが来たとき、正直“やれやれ、またお役所の押しつけか”と思ってた。でも違った。お前たちは“やらせよう”とはせず、“一緒に耕してくれた”」

彼は不器用に頭を下げた。

「ありがとう。おかげで、この村は“自分たちの手で続けていける気がしてきた”」

アメリアは微笑み、少しだけ肩の力を抜いた。

「わたくしたちは何も“与えた”わけではありません。ただ、ここに“あるかもしれない未来”を見せに来ただけですの」

ガストンが思い出したように叫ぶ。
「お別れパーティーまだ!? 芋は!? 芋は!?!」

村の女性たちが笑いながら干し芋と小さな手作りパンを並べ始めた。

ネルが大事そうに取り出したのは、
【ありがとうルグレア村ポストカード:畝と笑顔付き(ルーク画)】

「これ、記念にどうぞ!」

子どもたちが叫ぶ。
「ティナおねーちゃんまた来てねー!」
「おばさまもー!」

「誰が“おばさま”ですのーーーーー!!!」(リリア)

アメリアは、最後にもう一度、鍬を握り、広場の中心に一振りだけ土を返した。

「これは、“また来ます”のしるしです。そして“続いていく物語”のしるしでもありますわ」

馬車が揺れる中、ルグレア村の畑が、ゆっくりと遠ざかっていく。

その畝は、小さく、けれど力強く、確かにまっすぐ伸びていた。
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