令嬢は農地改革から始めるそうです 〜王都を飛び出したら人生が充実しすぎて困る〜

第9話 令嬢、求婚される

「村長、手紙が来てます!」

朝の郵便仕分け室。ネル(7歳・配達員)が、少し震えながら持ってきた一通の封筒。

そこには、見慣れない金色の紋章。そして――

『求婚状』の文字。

「ついに来たか……!」

「来ちゃいましたわあああああ!!」

アメリア・ルヴァリエ、村長、開拓令嬢、そしていまだ独身。

今――カレジア村を揺るがす“恋の波”が、到来する。



「婚姻前提で、話を進めたい」

そう語ったのは、青年・ギルベルト=エインワース。王都西部の名門・エインワース公爵家の嫡男であり、財産・地位・顔・そして芝居がかった口調を兼ね備えた“完璧風”求婚者である。

「わたしの家は、地方開発と農地改革に強い関心を持っておりまして。そこへきて、貴女のような“令嬢村長”が存在するとは、まさに運命だと」

「……」

「もちろん、愛も見つけてみせます。ですがまずは、貴女とこの村の“将来性”に惚れたのです」

「……将来性、ですの?」

「この村を、我が家の“開拓モデルケース”として提携すれば、王都での地位も盤石となる」

「ええ、ええ、なるほどなるほど、理解しましたわ」

アメリアは微笑んだまま、立ち上がる。

「帰ってくださいませ」

「え?」

「それ、村では“売り込み型営業”と申しますの。内容は華やか、意図は明白、でも本気が見えません」

「ですが私は――」

「“村”と“わたくし”は、同じであって、同じではありませんわ。人を口説くのに、土地と未来性の話しかしない方など、村の畑にも失礼ですのよ」

ギルベルト、苦笑。

「……なるほど、強い。噂通りです」

「“口説き落とす”つもりで来たなら、耕し直して出直してくださいませ」

そのやりとりを、リリア、ルーク、ガストンらが納屋の隙間から見守っていた。

「村長、かっけぇ……」

「いやでも、ちょっとカッコよすぎて、逆に誰も口説けない気が……」

「令嬢すぎるんだよなあ……」

そしてその夜。

村ではひそかに“アメリア様、お見合い対策本部(仮)”が設立される。

・議題1:村長に恋愛を自覚させるには?
・議題2:ライバル登場イベントの予告はあるか?
・議題3:いっそ村内からの立候補者は……?

村人全員がそわそわし始めた、開拓村の恋の行方。

だが当のアメリアは、翌朝こう言い放つ。

「わたくし、次に求婚されるまでに、“恋とは何か”を理論的に解明いたします!」

「方向性が完全に研究職ーー!!」

「村長が、ついに“恋愛”を口にした……」

カレジア村に衝撃が走った。いや、静かに村人たちが“そわそわ”しはじめた。

「今だ! 村内の“恋愛指導部”を正式に立ち上げるぞ!」

「そんなのいつの間に発足してたんですの!?!?」

名ばかりの“お見合い対策本部(仮)”は即日“令嬢恋愛支援会(本気)”へと昇格。

【村公認:令嬢恋愛支援会(以下:れれ支会)】
・会長:リリア(暴走気味)
・副会長:ルーク(軽口担当)
・資料係:ガストン(謎に真剣)
・恋愛の定義を編纂中:ゼクス(石版で記録中)

「まず、アメリア様に“恋とは何か”を教える必要がある」

「具体的には?」

「恋愛小説、恋愛詩、恋愛劇……すべて実演!!」

「うわああ、舞台化きたあああ!!」

そして村では、“村内恋愛劇フェス”が開催された。

演目一覧:
・『トマト畑に降る初恋』主演:リリア/相手役:ルーク(棒読み)
・『干し芋と貴族と愛』脚本:ゼクス(抽象芸術寄り)
・『橋の上の初めての“好き”』ナレーター:ガストン(感情過多)

アメリア様、感想。

「……すべて、農業比率が高すぎますわ」

「そりゃ村ですから!!」

「恋愛とはもっと、こう……気候のように、読めぬものであるべきでは……」

「それはそれでポエムぅぅぅ!!」

その矢先――

「アメリア村長、訪問者です」

現れたのは、旅の吟遊詩人を名乗る男、フィリックス。
風をまとったような佇まい、笛を奏でながら「貴女の瞳に調べを捧げたい」と詠む。

「僕は、自由に生きている。“恋”という気持ちもまた、風のように――」

「……却下ですわ」

「即決ぅぅぅぅ!!」

「風は読めませんの。読めぬ者に身は委ねられません」

「すごい、恋愛を“信頼性”で斬ったーーー!!」

アメリアは静かに語る。

「恋愛とは、“未来”を共に語れる者と築くものです」

「理論派すぎる恋愛観!!」

村ではひそかに、“村内から立候補を募るかどうか”の投票が開始されていた。

候補に挙がっていたのは:
・ルーク(ノリ)
・ゼクス(沈黙)
・ガストン(農地付き)

だが、全員が口を揃えて言った。

「オレらじゃ役不足すぎる……」

「恋愛以前に、“あの令嬢”に見合う男がどこにいる……?」

アメリア、翌朝こう語る。

「“恋”とは、心に耕す“もうひとつの開拓”ですわ」

そして彼女は、干し芋を片手に、今日も村の畑へ向かっていった――。



「お嬢様! また手紙が届いてます!!」

朝。ネルが駆けてきた。
差出人は――“クロード・アルヴァ=ヴァレンティア”。

「あら、名前だけで中二病が香ってまいりますわね」

「しかも同封物に“黒い羽根”が挟まってました!」

「演出が濃い!!!」

このクロード。王都北方の旧家にして、元・名門貴族。
現在は称号を返上し、“民間視察者”として各地を巡っているという。

手紙にはこうあった。

『貴女の開拓と信念に心を動かされた。ぜひ一度、お話をさせてほしい』

「今度は、愛と論理、両方あるパターンですの……!?」

そして当日。

現れたクロードは、アメリアより年下の青年。
白いコート、丁寧な所作、しかし目の奥に静かな火を宿していた。

「貴女の“言葉”に惚れたのです」

「……“姿”ではなく、“言葉”に?」

「はい。干し芋も鍬も、そして“未来の村”を語るその声音に、です」

「……ふむ。では、語りましょう。未来の村とは何か。恋とは何か」

「喜んで」

ふたりは講堂で、干し芋を食べながら、夜まで語り合った。

農業、政治、経済、教育、芸術、そして恋愛論。

リリア「……な、なんか、ふつうに“デート”してる……!」
ルーク「知的すぎて眩しい……!」
ガストン「そもそも“恋愛で語り合い続けるタイプ”いたんだな……」

そして帰り際。

「貴女となら、“歩いてみたい”と思ったのです。道があってもなくても」

「それは、“恋”に必要な最初の要素ですわね」

「では、わたしに“鍬”を一本貸していただけますか?」

「……ふふ、耕す気満々ですのね」

クロードは村に一週間滞在し、“村の現場”を見ながら手伝いもした。

あるときは水道整備の記録係。
あるときは市場で客寄せ歌を披露。
そして、畑で初めて土に触れた日。

「……これが、貴女たちの土か」

「そう、わたくしたちが耕し続けた“開拓の証”ですわ」

最終日。クロードは正式にこう申し出た。

「わたしは“貴女と村の未来”を、共に耕したい」

アメリアは一呼吸置いて、こう答えた。

「ええ、それが“恋”であるならば、わたくしも耕しましょう。ただし、急いではなりません。恋も村も、“芽吹き”には時間が要るものですわ」

「承知しました。では、今日からは“村の恋人候補”として、少しずつ距離を縮めるとしましょう」

「わたくし、明日は畑で“共耕初デート”を予定しておりますの」

「喜んで、鍬を携えて参ります」

こうして、令嬢アメリアに初めて“心の揺らぎ”が訪れた日。
それは同時に、村に“恋”という名の新たな文化が芽吹いた瞬間でもあった。
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