貧困乙女、愛人なりすましのお仕事を依頼されましたが・・・
ジェシカ・バリントンの貧乏生活

<貧乏な生活>

夜中の雑居ビルの窓からは、輪郭の曖昧な三日月が浮かんで見える。

ジェシカの手にある懐中電灯がゆらゆら揺れて、闇とダンスをしているようだ。

コツコツコツ・・・・ヒタヒタヒタ

軽めの靴音と、大きなシェパード犬の足音が続く。

「バリー、守衛室に戻ったらおやつのジャーキーを食べようね」

その声が、天井の高い通路に響くと、犬はぶっとい尻尾をブンブン揺らして、喜びを表してくれた。

守衛室はストーブがないので、秋の始まりとはいえ、寒さが身に染みる。

ジェシカは、ぶかぶかの警備員の紺のジャケットを脱いで、丁寧に消臭スプレーをまいた。

「犬臭いって・・クリーニングして返せって言われたら、また出費が増えるし」

時計を見ると、朝5時。窓の闇は淡くなってきている。

6時には早番の担当が来るはずだから、バリーのブラッシングをして、床を掃く。

ついでに年季の入ったソファーも、念入りにブラシをかけておく。

犬を嫌う人もいるから・・・
その痕跡を消しておかねばならない。
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