貧困乙女、愛人なりすましのお仕事を依頼されましたが・・・
ジェシカ・バリントンの貧乏生活
<貧乏な生活>
夜中の雑居ビルの窓からは、輪郭の曖昧な三日月が浮かんで見える。
ジェシカの手にある懐中電灯がゆらゆら揺れて、闇とダンスをしているようだ。
コツコツコツ・・・・ヒタヒタヒタ
軽めの靴音と、大きなシェパード犬の足音が続く。
「バリー、守衛室に戻ったらおやつのジャーキーを食べようね」
その声が、天井の高い通路に響くと、犬はぶっとい尻尾をブンブン揺らして、喜びを表してくれた。
守衛室はストーブがないので、秋の始まりとはいえ、寒さが身に染みる。
ジェシカは、ぶかぶかの警備員の紺のジャケットを脱いで、丁寧に消臭スプレーをまいた。
「犬臭いって・・クリーニングして返せって言われたら、また出費が増えるし」
時計を見ると、朝5時。窓の闇は淡くなってきている。
6時には早番の担当が来るはずだから、バリーのブラッシングをして、床を掃く。
ついでに年季の入ったソファーも、念入りにブラシをかけておく。
犬を嫌う人もいるから・・・
その痕跡を消しておかねばならない。
< 1 / 77 >