治療不可能な恋をした
勤務を終え、梨乃は長い一日を振り返りながら、疲れた身体を引きずるようにゆっくりと出口へと向かっていた。
やっと外の空気に触れられると思うと、胸の奥がふっと軽くなる。
そのとき──
「梨乃」
背後から柔らかな声が呼びかけられ、思わず足を止めた。
振り返ると、まっすぐこちらに向かって歩み寄ってくる理人の姿。
「もう帰るのか?」
その言葉はいつも通り優しく、けれどどこか期待を含んでいた。
「うん。今日はもう上がり。何か用事だった?」
「いや、用事っつーか……単に梨乃の顔、見たくなっただけ」
さらりと言いながら、理人は一歩、距離を詰める。
梨乃の心臓が跳ねた。
まっすぐに近づくその気配と、不意打ちの“名前呼び”に、熱が頬を駆け上がるのが自分でもわかる。
わざとだと分かっていても、彼の声のトーンと距離感に、身体の方が正直に反応してしまう。
「なっ……ここ職場だよ?しかも名前……っ」
戸惑い混じりに言いながらも、自然と視線が逸れていた。それでも理人は、そんな梨乃の反応を楽しむように口元で笑う。
「わかってる。でも会いたくなるのは仕方ないじゃん」
言い終えると同時に、彼の顔がすっと近づく。
耳元、息がかかるほどの距離で──
「それに、こんな可愛い彼女を名前呼びなんて当たり前だろ?」