治療不可能な恋をした
「──以上で、本日のカンファレンスを終了します」
その一言を合図に、室内が一気にざわめきに包まれる。椅子の引く音や書類を重ねる音が重なり、会議室の緊張が少しずつ解けていく。
梨乃は隣の席の同僚と柔らかな笑顔で何かを話しながら、ゆっくりと立ち上がる。
理人はそれを視界の端で捉えつつ自分も手元の資料を揃え、ペンを胸ポケットに滑り込ませた。
廊下に出ても、梨乃はまだ同僚と談笑している。
理人は一度、肺の奥まで空気を吸い込み、ゆっくり吐き出した。
──今、声をかけなければ、また忙しさに流されて何日も会話らしい会話ができなくなる。
そう思い、言葉を差し挟む隙を慎重に探った。
「仁科先生、ちょっと」
タイミングを見計らい、落ち着いた声で呼びかける。梨乃が小さく驚いたように振り返った。
「はい。なんでしょう?」
話していた同僚に軽く会釈をして見送り、梨乃は理人の前に向き直る。その顔は以前のような固い警戒心は薄れ、静けさの奥にやわらかな色が差していた。
ファイルを抱えたままふと見上げてくるその可愛らしい仕草が、理人の胸をきゅっと締めつけた。
「あのさ……今度の土曜って、空いてる?」
梨乃の瞳が一瞬ぱちりと瞬いたあと、困ったように眉尻が下がった。
「えっと……ごめんなさい。その日は、地方に転勤してた友達が戻ってきてて、一緒に会う予定があるの」
申し訳なさそうに、言葉を選びながら説明する声。理人は軽く頷きながらも、胸の奥が重く沈むのを感じた。