治療不可能な恋をした
「次。来週の手術予定です。4歳の女児。動脈管開存の診断で、心外(心臓外科)オペの予定」
その一言で、室内の空気がわずかに変わった。小児の外科手術となれば、カンファレンスにも一層の緊張が走る。
「術前評価は来週初めを予定しています」
「執刀医は決まっていますか?」
若手医師の問いに、進行役が頷いた。
「今日から着任される新しい先生が担当になります。正式な紹介はまた別の機会に。今後の連携はその先生と取ってください」
「今日から……って、ずいぶん急ですね」
「ま、異動ってそんなものよ」
冗談めかした返しに、いくつかの笑い声が交じる。梨乃はその会話に混ざることなく、資料に視線を戻した。
たしかに急ではあるけれど、珍しいことではない。新しく着任する医師とチームを組むのは、これまでも何度となく経験してきた。
ただ──「今日からくる外科医」。
その言葉の組み合わせに、胸の奥がわずかにざわつくのを感じる。
(まさか、ね……)
自分でそう打ち消しながらも、心のどこかで期待にも似た違和感がくすぶっていた。
数年前の記憶が、不意に脳裏をかすめる。けれどすぐに振り払うように、視線をカルテへ戻す。
何もなかったように今日も仕事をする。そういうふうに、自分に言い聞かせる。
梨乃は一度ゆっくりと深呼吸をしてから、ペンを握り直す。
そして静かに、次のページをめくった。