治療不可能な恋をした
「そういえば同棲のことだけど、もう場所は決めてるのかい?」
そのゆったりとした言葉選びは、まるで天気の話でもしているような穏やかさだった。
「まだだけど、病院の近くで探してる。お互い通いやすい場所じゃないときついからな」
「なるほどなあ。たしかに大事な条件だ」
雅人は感心したように頷き、また一口煮物を口に運ぶ。
「二人とも忙しい身だろうし、僕の知り合いに不動産屋がいるからね。大変だったらいつでも頼ってね」
穏やかに言う父に、茉里が箸を止めて頷いた。
「そっか、大学病院の医者同士だもんね。大変そうだなあ」
「まあ、忙しいのなんて今更だけどな」
理人が軽く肩をすくめると、恵理子がふと梨乃に視線を向ける。
「梨乃さんは小児科なのよね?子ども相手だから、また違った大変さがあるんでしょう?」
少し考え込むような仕草をしたあと、彼女はやわらかな声を添える。
「私ね、忙しいときは家のこと無理に頑張る必要ないと思うの。うちもこれだけ家が広いものだから、定期的にハウスキーパーさんにお願いしてるわ。必要なときは紹介してあげるから、いつでも声かけてね」
梨乃は思わず目を瞬かせた。自分の発想にはなかった選択肢に、軽い驚きで目を丸くする。
(ハウスキーパー……そっか、そういう方法もあるんだ)
理人となら、お互いの忙しさを尊重し合えるからきっとやっていける。
そう信じてはいたけれど、本当はほんの少しだけ、不器用な自分が誰かと暮らす不安を感じていた。彼の母の言葉は、その小さな棘をやさしく取り除いてくれるようだった。
そんな母の言葉に、理人が苦笑まじりに口を開いた。
「てか母さん、相変わらず掃除は苦手なんだな」
「あら。人間みんな得手不得手があって当然でしょう?」
恵理子はまるで当然のことのように肩をすくめ、悪びれる様子もない。
その自然体の明るさに、梨乃は心の奥でそっと笑みを浮かべる。ほんの少し抱いていた同棲生活への心配事が、消えていくのを感じながら。