治療不可能な恋をした
理人の曖昧な返事に、梨乃の胸には言いようのない冷たいものがじわじわと広がり、不安が滲む。
『兄さん、くれぐれもあの女には気をつけなよ』
短く、けれど真剣に告げる茉里の声に、理人は軽く息を吐き、短く応じた。
「……分かってる」
そのあとすぐに電話は切られ、しばらくの間、二人は無言で道を進む。
やがて理人が道の脇に車を停め、静かにハンドルから手を離した。
「梨乃」
助手席の梨乃の手をしっかりと掴み、視線をまっすぐに向ける。
「……理人……」
「不安にさせてごめん。けど、大丈夫だから。もし仮に何かあっても、俺が絶対になんとかする」
梨乃の胸にはわずかに不安が残りながらも、彼への信頼と安心を信じて、小さく微笑む。
「……うん。ありがとう」
その笑顔に応えるように、理人も静かに視線を柔らかくして、再びシフトレバーを切り替えた。
(……そうだよ。何かなんて、あるわけがない)
自分たちが勤務する病院は、理人の実家からかなり距離があり、生活圏がまず交わるはずがない──そう自分に言い聞かせ、梨乃はゆっくりと息を整えた。
夕暮れの道を、言葉少なに、慎重に車を進んでいく。
車内には緊張の余韻が残るが、しっかりと繋がった理人の手の温もりだけが、梨乃にささやかな安心感を与えていた。