百合と霹靂(マンガシナリオ)

#5 アニミズム

 ◯部室には一花とカヲル二人が残っている。
 ◯草汰は園芸部でトラブルがあったということで、途中で現れた園芸部員たちに連れ去られた。
 ◯花器の片付けをしながら、生け花の出来を気にして落ち込む一花は、思い切ってカヲルに切り出す。

一花「あの、やっぱり私がコンクールに出品するのはムリ…。」

 ◯カヲルが一花の言葉を遮るように質問する。

カヲル「今日体験してみて、まだ生け花は生殺しだって思う?」

一花「ゴメン。その発言は撤回するわ。」

 ◯華道部の作品がズラリと飾られた床の間を見ながら、一花が答える。

一花「だって、花たちがこんなに生き生きとしているのは、作り手が花の短い一生に対して真摯に向き合ってるからだよね。
 私は土から育てるのは得意だけど、切り取った後の花を活かすなんて考えは、出来なかった。」

 ◯カヲルが愛おしそうに一花をジッと見つめる。
 ◯一花はカヲルの作品を指差す。

カヲル・一花「綺麗だね。」(一花の声とダブる。)

一花「あ…!」

 ◯目を丸くして口に手を当てる一花。
 ◯カヲルは自分のお手本の生け花の前に座ると、その横に一花を座らせた。

カヲル「華道の発祥は諸説あるけど、アニミズムや花を献じる供花からという説もあるんだ。」

一花「お供え物のこと?」

カヲル「そう。…俺は母を早くに亡くしているんだ。顏も覚えていない。」

一花「え?」

カヲル「母に会いたいと駄々をこねるたびに、父には後継者らしくしろ、過去のことは諦めろと叱られた。」

一花「そんなの酷いよ。」

 ◯自身の経験と重ね合わせて憤る一花。

カヲル「だから俺はいつも、母に捧げるつもりで花を生けている。
 たまに華道のことになるとやりすぎてしまうのは、そのせいなのかと思う時もある。」

一花「そうなんだ。」

 ◯改めてカヲルの作品を見る一花。

一花「だから、こんなにカヲルの花は綺麗なのかな。」

 ♢

 ◯一花の過去回想〜

一花(小学生)「忘れたの? パパが切り花は嫌いだって言ってたこと…!」

 ◯父の死を認めたくなくて、父の遺影にユリを飾る母の花澄に怒声を浴びせる一花。

花澄「パパは…もう何も言えないわ。」

 ◯悲しげな顔の花澄。

一花(小学生)「こんなもの!」

 ◯一花が花瓶のユリを手で払い、床に落ちた花瓶が割れる。
 ◯泣き出す双子の妹たち。
 ◯花澄が一花の頬をぶつ。
 ◯火がついたように泣き出す一花。

一花(小学生)「ママなんて大っ嫌い!」

 ◯〜一花の回想終わり

一花(あの時は花を飾るのが嫌だったけど、今なら…。)

一花「もし私が綺麗にユリを生けられたら、パパも喜んでくれるかな。」

 ◯静かに頷くカヲル。

一花「私もパパに捧げる花を生けてみたい。
 カヲルみたいに、人を感動させる花を。」

 ◯一花が初めてカヲルに心を開く。頬に一筋の涙と花のような笑顔。
 
 カヲル「素敵だね。」

 ◯カヲルが手を差しだして一花の顎先に流れた涙を拭う。

 一花「教えてくれる?」

 カヲル「もちろん。そのためにここに呼んだんだ。」

 一花「ありがとう。」

 カヲル「これで俺たちはパートナーだから離れられないよ。
 いっそのこと付き合う?」

 一花「へ、変なこと言わないでよ! 利害が一致しただけでしょ。
 先生と生徒! それだけ‼」

カヲル「残念。」

 ◯カヲルがクスクスと笑う。
 ◯頬を膨らませた一花が自分の髪をぐちゃぐちゃにかきむしる。

一花(もう、冗談でもキツイよ!)

 ◯陰で一花とカヲルのやり取りを見ていた道枝が、密かに撮った動画を誰かに送信する。

 ♢

 ◯日農高校の登校風景。
 ◯制服で園芸部に向かう一花。(チェックのスカートの下にはジャージを履いている。)
 ◯部室の前には園芸部の部員が緊迫した様子で話し合いをしている。
 ◯園芸部員Aが一花に気がつき、顔を引き攣らせる。

園芸部員A「…轟が来たぞッ!」

 ◯一気にザワつく部員たちに、一花がむくれる。

一花「なによ~その態度は。私が来ちゃ悪いってゆーの?」

 ◯園芸部員Aが猫撫で声で前に出る。

園芸部員A「今日は華道部に行かないのか?」

一花「行くよ。ハウスの状態を見てからね。」

 ◯園芸部員Aの横を通り過ぎようとすると、園芸部員Bが立ちはだかる。

園芸部員B「轟、何月生まれ?」

一花「四月だけど。」

園芸部員B「おひつじ座さんは、今日の占い12位! 急がば回れ!」

一花「ハァ?」

園芸部員A「華道部に行ってからハウス見た方がツキが来るって、アリアナ・ベラドンナが言ってたぜ!」

一花「アリアナって誰? そこどいて。」

園芸部B「だから、アリムーチョ・ジークがぁ…。」

一花「すでに名前違うやろ!」

 ◯一花にドロップキックされてのびる園芸部員A・B。
 ◯ユリのハウスに入った一花が青ざめる。
 ◯ハウスの中は荒らされている。何本もの大きなユリが根元から掘り起こされている。

一花「ひどい…誰がこんなことを?」

 ◯泣き崩れる一花。
 ◯荒れた花畑の片付けをしていた草汰が、一花に気がついて駆け寄る。

草汰「ゴメンな、一花。昨日、俺が駆けつけた時にはもう…。
 でも、半分は無事だった。」

一花「悔しい…このコたち、もう少しで開花したのに…。」

 ◯草汰が一花の肩に触れようとした時、一花がガバッと俯いていた顏を上げる。

草汰「ちがっ、俺は決してやましい気持ちで触ろうとは…!」

一花「見て! これ、あしあとだ…!」

草汰「あし…あしあと⁉」

 ◯一花がスニーカーや長靴以外の足跡を発見して指さす。

一花「草汰ニィ、これがハウスを荒した犯人の足跡じゃないかな?」

草汰「え? なんで分かるんだよ。」

一花「だって、この土だらけのハウスに滑り止めのない靴で入る人間は、この園芸部には居ないじゃん。」

草汰「つまり、これが犯人の足跡ってわけか…。」

一花「それ、私が先に言ったよ。足跡の長さ測って!」

草汰「オッケ。」

 ◯草汰が腰に着けていたポーチからメジャーを出す。

草汰「27.5ジャスト。」

一花「レディースにしては、大きめ。
 スニーカーのような滑り止めの跡は無し。犯人はメンズの革靴を履いてる?」

草汰「この学校で革靴履く男は限られるな。しかもこのハウスに顧問の土田先生以外に革靴で入る人間は…思い当たらないな。」

一花「うぅ。監視カメラでもあればなぁ。」

草汰「革靴以外に滑り止めが付いていない靴って他になかったか?」

一花「スリッパとか? でも、まさか…。」

 ◯一花の脳裏に着流しを着たカヲルが思い浮かぶ。
 ◯足もとは草履。
 ◯青ざめて一花。

一花「まさかカヲルが…!?」


 
 ◯暗い表情で華道部の部室に入る一花。
 ◯ロッカーから道具を出そうとして、花鋏がないことに気がつく。
 ○一花は脇を通りすぎようとした華道部員の女子に訊ねる。

一花「あの、私の花鋏知りませんか?」

華道部員A「知らないわ。」

一花「ちゃんとロッカーに入れていたのに…。」

華道部員B「じゃあ、自分のミスじゃない? 人を疑うなんて失礼な人ね。」
一花「疑うつもりじゃ…!」

 ◯華道部員二人に責められる一花。
 ◯講師として部室に入って来た菖蒲が騒ぎに気づいて声をかける。

菖蒲「どうしましたか?」

華道部員A「菖蒲さん、轟さんがヒドイんです。」

 ◯華道部員の説明を聞いて微笑みを浮かべる菖蒲。

菖蒲「それなら大丈夫。
 私、花鋏なら二つ持ってます。良かったら使って。」

 ◯ニッコリと微笑んで和柄の巾着袋から出した花鋏を差し出す菖蒲。

華道部員たち「菖蒲さん、なんて優しいの!」

華道部員たち「まるで天使みたい!」

 ◯菖蒲に頭を下げて生け花の用意をする一花。
 ◯菖蒲がスッと一花の隣に座って手本用の花を生け始める。
 ◯一花が思いきって菖蒲に話しかける。

一花「あの…花鋏をありがとうございます。」

菖蒲「いいのよ。カヲルさんは人気があるから妬まれてもおかしくないわ。
 私も幼なじみだってだけで、昔から裏で嫌なことを言われていたの。」

一花「今日はカヲルは?」

菖蒲「他校の講師に行ってるわ。今日は私が轟さんを見るように言われているの。宜しくね。」

一花「はい、よろしくお願いします。」

 ◯菖蒲の生け花の手つきに感心する一花。

一花(性格も所作も、何もかもが綺麗。)

菖蒲「どうかした?」

一花「いや、菖蒲さんて美しいなぁと思って。」

菖蒲「そんなことないわ。」

一花「カヲルの横に並んでたらお似合いです。」

菖蒲「ありがとう。実は、婚約者なの。」
一花「え、知らなかった。」

菖蒲「親同士が勝手に決めただけなんだけどね。カヲルさんは気に入らないみたい。」

一花「それって菖蒲さんはカヲルのこと…。」

菖蒲「恥ずかしい…どうして分かったの?」

 ◯寂しそうな顏の菖蒲。

一花「私、応援しちゃう!」

菖蒲「本当? 嬉しいわ。友だちになってくれる?」

一花「喜んで! あだ名は興奮した柴犬ですけど。」

菖蒲「カワイイあだ名ね。」

 ◯クスクス上品に微笑む菖蒲。
 ◯前の席で華道部部長の道枝が密かに歯ぎしりをする。
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