百合と霹靂(マンガシナリオ)
#4 転部
カヲル「俺が手解きするから、生け花のコンクールに出品してみない?」
◯ユリハウスの中。
◯真剣な顏で一花に華道を勧めるカヲル。
一花「は? なんで私が⁇」
◯一花は露骨に嫌な顏をする。
カヲル「①真剣に生け花に向き合うことで、生け花の良さを一花に理解してもらう。
➁コンクールで優勝すれば、否でも一花の発言力に実績が伴い、栽培方法の説得力が増す。
以上だ。」
一花「ずぅぇったいに・嫌よ。繊細な作業は性に合わないの。」
カヲル「あまり、こういうことはしたくなかったんだが…。」
◯カヲルが胸元から一枚の紙をチラ見せする。
一花「ハッ、それは!」
◯一花の顔色が変わる。
一花「年末に開催される世界最大級の格闘技イベント【THE FIST・2025】のプレミアムチケット⁉」
カヲル「僭越ながら、ここに来る前に一花さんのことを調べさせてもらった。
ムエタイやボクシング観戦にハマる無類の格闘技ファンなんだよね。」
一花「幼稚園からキックボクシング教室に通ってるわ。」
カヲル「道理でローキックもパンチも重いわけだ。」
一花「そそそ、そのチケットはどうやって手に入れたの⁉」
カヲル「企業秘密。」
◯一花が涎を垂らしながらチケットに手を伸ばそうとすると、カヲルがヒョイと上に持ち上げる。
カヲル「もし俺のおままごとにお付き合いいただけたら、無償でお譲りするよ。」
◯唾をゴクリと飲み込む一花。
一花「ただ生け花を練習して、コンクールに出る、だけ?」
カヲル「結果、生け花嫌いが進んだとしても、コンクールにさえ出たらチケットはあなたものだよ。」
一花「そんなことやるわけ…やるわ…!」
◯ガラリと態度を変えた一花に小指を差し出すカヲル。
カヲル「約束。」
一花「いいわよ!」
○勢いよく一花が指を絡ませる。
カヲル「痛いよ一花…指が折れそうだ。」
一花「んなワケないでしょ。大げさよ! ゆっびきりげんまんッ、ハイ切った‼」
◯一花が力を緩めても、一花の指を見つめて、なかなか離そうとしないカヲル。
一花「離していいわよ。」
カヲル「折れたから離せない。」
一花「え…ほんとに?」
カヲル「うん。見てみて。」
◯指を絡めたまま、顏を近づける一花の頬に軽く口づけするカヲル。
一花「…ッ⁉」
◯驚いて飛び退く一花。
一花「な、な、なんなのーッ⁉」
カヲル「無邪気で素直で…飽きない。」
一花「あたしはオモチャじゃないっ!」
○腕を振り回して怒る一花。
◯一花の拳を優しく受け流して、声を上げて笑うカヲル。
カヲル「もうパンチは勘弁して。」
◯カヲルが美しく映る。
◯一花は胸をざわつかせるが、それがときめきなのかは分からない。
一花(カヲルがあたしのことを好き⁉)
♢
○園芸部の部室(スーパーハウスの物置)
草汰「一花が華道部に転部⁉」
一花「じゃなくて兼任。華道コンクールが終わるまでだけどね。」
草汰「えぇ~、ものすごく心配なんだけど。」
一花「あっちは華道の良さを私に教えてユリを譲渡してほしいみたいだけど、そうはさせない!
むしろ意地悪な姑みたいに重箱のスミつつきまくってやるんだ。」
草汰「うわ、嫌なヤツ。華道部の部員にドロップキックしたりしない?」
一花「しません。」
草汰「園芸のこと馬鹿にするヤツに喧嘩売ったりしない?」
一花「もぅ、だいじょぶだってば。草汰ニィは過保護なのよ。
私だっていつまでも子供じゃないんだからさ。」
◯部室に男子生徒たちがガヤガヤと入ってくる。
生徒A「あー、だりー。」
◯入り口に背中を向けていた一花の頬がピクッと動く。
生徒B「このクソ暑いのにハウスの当番とか、マジで鬼。」
◯一花のこめかみに青筋がピキピキと入る。
生徒A・B「ダル~ッ!」
一花「ええい、不埒物! そこになおれ! 」
生徒A・B「ゲッ、柴犬!!」
一花「問答無用!!」
◯一花が男子生徒に両腕を広げて突っ込み、ラリアットの一撃で吹っ飛ばす。
◯静寂が落ちた後に青ざめて顏を見合わせる一花と草汰。
草汰「やっぱり俺も行く!」
♢
一花「これが生け花?」
◯日農高校華道部と茶道部の部室である和室。
◯華道部の部員たちとともに着物に袴を着た一花と草汰が、最後列の机の前に正座している。
◯机には筆記用具と一枚の白い紙。
一花「思ってたんと違うんだけど。」
草汰「だな。」
◯頭にハテナマークが浮かんでいる一花と草汰の側に、カヲルが寄ってくる。
カヲル「一花しか呼んでないのに。」
◯草汰に鋭い眼光を見せるカヲル。
草汰「ス、スミマセン。保護者枠で参加させてください。」
◯油汗を流しながら謝る草汰。
一花「私からもお願いします。」
カヲル「一花がそう言うなら。」
◯一花と草汰がホッとして顔を見合わせる。
草汰「でも、この紙、生け花となんの関係があるんですか?」
カヲル「花鳥風月流の生け花は、まずは設計図を描くことから始めるんだ。」
草汰「なるほど。」
一花「絵はちょっと…。」
◯気まずい顔の一花に草汰がツッコむ。
草汰「苦手なのは絵だけ?」
◯草汰を叩くために振り上げた一花の手を掴んだのは、カヲルだった。
カヲル「ここでじゃれ合うのは止めて。ムカつくから。」
一花「ちち…私と草ニィはそんなんじゃないです! ただの幼なじみだし!」
草汰「ムカつくって…?」
◯一花の手を両手で包み込んでから離すカヲル。
カヲル「一花の手は美しい花のためのものだ。誰かを叩いて傷が付くのは困る。」
◯ポカンとする一花と草汰。
◯一花が草汰に小声で小耳打ちする。
一花「この人、ちょっとアレなのよ。頭のネジがぶっ飛んでるの。」
◯草汰はカヲルを警戒するように睨む。
草汰(コイツ…。)
◯カヲルが画用紙に手本書きをする。
カヲル「◯・△・□の図形でもいいよ。ざっくばらんに思いつくままに描いてみて。」
一花「あ、これなら描けそう。」
草汰「確かに。」
◯他の部員の設計図を盗み見ながら、長方形にひし形を乗せたような図形を描く一花。
カヲル「じゃあ、これをもとに盛花を生けてみよう。」
◯一花にはカヲル、草汰には道枝がそれぞれ指導に付く。
一花(とりあえず、長さを揃えますか。)
◯一花、授業で習ったように花ばさみを手に花や枝を大胆にパチンパチンと切る。
カヲル「一花、茎はあんまり切らないでね。」
一花「え?」
カヲル「そんなに切ったら花や草が可哀想でしょ。」
一花「あ…。」
◯一花が指摘された恥ずかしさで顔を赤くする。
一花(いつも私が園芸部のみんなに言う台詞だ…!)
カヲル「最初はなるべく、丈を切らないで生けてみようか。」
◯一花は三十センチほど長さがある花を手に途方に暮れる。
一花(この人、私を馬鹿にしてる? それとも意地悪!?)
◯試行錯誤して花を生けようとした一花は、上手くできなくて音を上げる。
一花「ギブ! やっぱムリだよ!」
カヲル「クスクス。ヒントはあげる。」
◯カヲルが器用に葉を丸めて、流れるように剣山に挿す。
カヲル「こうして向きを変えたり、葉を丸めたりしてもいいんだよ。」
一花「そんなことしてもいいの?」
カヲル「人の個性や感性は個々によって様々あるでしょ? ウチの流派はその人が感じたもの、造り手の想いを乗せた表現を重要視しているから。」
一花(う〜。こうかな?)
◯一花が色々な方向を試しながら水盤に置いた剣山に枝を挿す。
一花「あれ、今度はうまく針の山に刺さらない。」
カヲル「枝物は斜めに切ってから押すように挿してみて。」
◯何とか枝を挿した一花は花を挿せない。花が横に倒れる。
一花「花もうまく刺さらないんだけど…。」
カヲル「花は逆に、真っすぐな切り口で生けてみて。」
◯四苦八苦しながらも素直に生け花に取り組む一花。
一花(あれ、なんか楽しいかも…?)
一花「出来た!」
◯ヨレヨレの生け花の完成。
◯周囲の華道部員たちから失笑が漏れる。
カヲル「今の一花自身がよく出た、素直な生け花になったね。」
一花(ど、どこがよ? 嫌味⁉)
◯カヲルが挿し直した途端、下を向いてしおれそうだった花が生気を取り戻す。
一花「す、すごい。どうやったの⁉」
カヲル「植物の構造は単純だから、挿す場所さえ間違わなければしばらくは美しさを保ってくれる。」
◯華道部部員連中から拍手喝采されるカヲル。
一花(これじゃ公開処刑じゃん。)
◯自信を無くし、みじめな気持ちになる一花。
一花(あたしがカヲルに好かれてるなんて、思い違いだったんだ!
うぬぼれてた自分がバカみたい!!)
◯一花が恨めしげにカヲルを見る。
一花「やっぱり生け花を馬鹿にしたことを恨まれてるんだ…。」
◯ユリハウスの中。
◯真剣な顏で一花に華道を勧めるカヲル。
一花「は? なんで私が⁇」
◯一花は露骨に嫌な顏をする。
カヲル「①真剣に生け花に向き合うことで、生け花の良さを一花に理解してもらう。
➁コンクールで優勝すれば、否でも一花の発言力に実績が伴い、栽培方法の説得力が増す。
以上だ。」
一花「ずぅぇったいに・嫌よ。繊細な作業は性に合わないの。」
カヲル「あまり、こういうことはしたくなかったんだが…。」
◯カヲルが胸元から一枚の紙をチラ見せする。
一花「ハッ、それは!」
◯一花の顔色が変わる。
一花「年末に開催される世界最大級の格闘技イベント【THE FIST・2025】のプレミアムチケット⁉」
カヲル「僭越ながら、ここに来る前に一花さんのことを調べさせてもらった。
ムエタイやボクシング観戦にハマる無類の格闘技ファンなんだよね。」
一花「幼稚園からキックボクシング教室に通ってるわ。」
カヲル「道理でローキックもパンチも重いわけだ。」
一花「そそそ、そのチケットはどうやって手に入れたの⁉」
カヲル「企業秘密。」
◯一花が涎を垂らしながらチケットに手を伸ばそうとすると、カヲルがヒョイと上に持ち上げる。
カヲル「もし俺のおままごとにお付き合いいただけたら、無償でお譲りするよ。」
◯唾をゴクリと飲み込む一花。
一花「ただ生け花を練習して、コンクールに出る、だけ?」
カヲル「結果、生け花嫌いが進んだとしても、コンクールにさえ出たらチケットはあなたものだよ。」
一花「そんなことやるわけ…やるわ…!」
◯ガラリと態度を変えた一花に小指を差し出すカヲル。
カヲル「約束。」
一花「いいわよ!」
○勢いよく一花が指を絡ませる。
カヲル「痛いよ一花…指が折れそうだ。」
一花「んなワケないでしょ。大げさよ! ゆっびきりげんまんッ、ハイ切った‼」
◯一花が力を緩めても、一花の指を見つめて、なかなか離そうとしないカヲル。
一花「離していいわよ。」
カヲル「折れたから離せない。」
一花「え…ほんとに?」
カヲル「うん。見てみて。」
◯指を絡めたまま、顏を近づける一花の頬に軽く口づけするカヲル。
一花「…ッ⁉」
◯驚いて飛び退く一花。
一花「な、な、なんなのーッ⁉」
カヲル「無邪気で素直で…飽きない。」
一花「あたしはオモチャじゃないっ!」
○腕を振り回して怒る一花。
◯一花の拳を優しく受け流して、声を上げて笑うカヲル。
カヲル「もうパンチは勘弁して。」
◯カヲルが美しく映る。
◯一花は胸をざわつかせるが、それがときめきなのかは分からない。
一花(カヲルがあたしのことを好き⁉)
♢
○園芸部の部室(スーパーハウスの物置)
草汰「一花が華道部に転部⁉」
一花「じゃなくて兼任。華道コンクールが終わるまでだけどね。」
草汰「えぇ~、ものすごく心配なんだけど。」
一花「あっちは華道の良さを私に教えてユリを譲渡してほしいみたいだけど、そうはさせない!
むしろ意地悪な姑みたいに重箱のスミつつきまくってやるんだ。」
草汰「うわ、嫌なヤツ。華道部の部員にドロップキックしたりしない?」
一花「しません。」
草汰「園芸のこと馬鹿にするヤツに喧嘩売ったりしない?」
一花「もぅ、だいじょぶだってば。草汰ニィは過保護なのよ。
私だっていつまでも子供じゃないんだからさ。」
◯部室に男子生徒たちがガヤガヤと入ってくる。
生徒A「あー、だりー。」
◯入り口に背中を向けていた一花の頬がピクッと動く。
生徒B「このクソ暑いのにハウスの当番とか、マジで鬼。」
◯一花のこめかみに青筋がピキピキと入る。
生徒A・B「ダル~ッ!」
一花「ええい、不埒物! そこになおれ! 」
生徒A・B「ゲッ、柴犬!!」
一花「問答無用!!」
◯一花が男子生徒に両腕を広げて突っ込み、ラリアットの一撃で吹っ飛ばす。
◯静寂が落ちた後に青ざめて顏を見合わせる一花と草汰。
草汰「やっぱり俺も行く!」
♢
一花「これが生け花?」
◯日農高校華道部と茶道部の部室である和室。
◯華道部の部員たちとともに着物に袴を着た一花と草汰が、最後列の机の前に正座している。
◯机には筆記用具と一枚の白い紙。
一花「思ってたんと違うんだけど。」
草汰「だな。」
◯頭にハテナマークが浮かんでいる一花と草汰の側に、カヲルが寄ってくる。
カヲル「一花しか呼んでないのに。」
◯草汰に鋭い眼光を見せるカヲル。
草汰「ス、スミマセン。保護者枠で参加させてください。」
◯油汗を流しながら謝る草汰。
一花「私からもお願いします。」
カヲル「一花がそう言うなら。」
◯一花と草汰がホッとして顔を見合わせる。
草汰「でも、この紙、生け花となんの関係があるんですか?」
カヲル「花鳥風月流の生け花は、まずは設計図を描くことから始めるんだ。」
草汰「なるほど。」
一花「絵はちょっと…。」
◯気まずい顔の一花に草汰がツッコむ。
草汰「苦手なのは絵だけ?」
◯草汰を叩くために振り上げた一花の手を掴んだのは、カヲルだった。
カヲル「ここでじゃれ合うのは止めて。ムカつくから。」
一花「ちち…私と草ニィはそんなんじゃないです! ただの幼なじみだし!」
草汰「ムカつくって…?」
◯一花の手を両手で包み込んでから離すカヲル。
カヲル「一花の手は美しい花のためのものだ。誰かを叩いて傷が付くのは困る。」
◯ポカンとする一花と草汰。
◯一花が草汰に小声で小耳打ちする。
一花「この人、ちょっとアレなのよ。頭のネジがぶっ飛んでるの。」
◯草汰はカヲルを警戒するように睨む。
草汰(コイツ…。)
◯カヲルが画用紙に手本書きをする。
カヲル「◯・△・□の図形でもいいよ。ざっくばらんに思いつくままに描いてみて。」
一花「あ、これなら描けそう。」
草汰「確かに。」
◯他の部員の設計図を盗み見ながら、長方形にひし形を乗せたような図形を描く一花。
カヲル「じゃあ、これをもとに盛花を生けてみよう。」
◯一花にはカヲル、草汰には道枝がそれぞれ指導に付く。
一花(とりあえず、長さを揃えますか。)
◯一花、授業で習ったように花ばさみを手に花や枝を大胆にパチンパチンと切る。
カヲル「一花、茎はあんまり切らないでね。」
一花「え?」
カヲル「そんなに切ったら花や草が可哀想でしょ。」
一花「あ…。」
◯一花が指摘された恥ずかしさで顔を赤くする。
一花(いつも私が園芸部のみんなに言う台詞だ…!)
カヲル「最初はなるべく、丈を切らないで生けてみようか。」
◯一花は三十センチほど長さがある花を手に途方に暮れる。
一花(この人、私を馬鹿にしてる? それとも意地悪!?)
◯試行錯誤して花を生けようとした一花は、上手くできなくて音を上げる。
一花「ギブ! やっぱムリだよ!」
カヲル「クスクス。ヒントはあげる。」
◯カヲルが器用に葉を丸めて、流れるように剣山に挿す。
カヲル「こうして向きを変えたり、葉を丸めたりしてもいいんだよ。」
一花「そんなことしてもいいの?」
カヲル「人の個性や感性は個々によって様々あるでしょ? ウチの流派はその人が感じたもの、造り手の想いを乗せた表現を重要視しているから。」
一花(う〜。こうかな?)
◯一花が色々な方向を試しながら水盤に置いた剣山に枝を挿す。
一花「あれ、今度はうまく針の山に刺さらない。」
カヲル「枝物は斜めに切ってから押すように挿してみて。」
◯何とか枝を挿した一花は花を挿せない。花が横に倒れる。
一花「花もうまく刺さらないんだけど…。」
カヲル「花は逆に、真っすぐな切り口で生けてみて。」
◯四苦八苦しながらも素直に生け花に取り組む一花。
一花(あれ、なんか楽しいかも…?)
一花「出来た!」
◯ヨレヨレの生け花の完成。
◯周囲の華道部員たちから失笑が漏れる。
カヲル「今の一花自身がよく出た、素直な生け花になったね。」
一花(ど、どこがよ? 嫌味⁉)
◯カヲルが挿し直した途端、下を向いてしおれそうだった花が生気を取り戻す。
一花「す、すごい。どうやったの⁉」
カヲル「植物の構造は単純だから、挿す場所さえ間違わなければしばらくは美しさを保ってくれる。」
◯華道部部員連中から拍手喝采されるカヲル。
一花(これじゃ公開処刑じゃん。)
◯自信を無くし、みじめな気持ちになる一花。
一花(あたしがカヲルに好かれてるなんて、思い違いだったんだ!
うぬぼれてた自分がバカみたい!!)
◯一花が恨めしげにカヲルを見る。
一花「やっぱり生け花を馬鹿にしたことを恨まれてるんだ…。」