忘れた記憶が導く、もうひとつの恋-本当に愛する人は誰?-

第7話 霧の真実

足元に広がるのは、真っ白な霧。


咲(さき)は、自分がどこにいるのかも分からなかった。


けれど、胸の奥に残るあの温もり――
蓮(れん)の手の感触だけは、はっきりと覚えている。


「……ここ、どこ……?」


声が霧に溶けて消える。


そのとき――背後から、誰かの足音。

「咲。」

振り向いた瞬間、胸が熱くなる。


霧の向こうから現れたのは、蓮。


あの日と同じ、少し不器用な微笑み。


「……蓮……さん。」


彼の名を呼ぶと、涙がにじんだ。


心が先に覚えていた。


理屈じゃなく、魂が“この人”を知っていた。


蓮が一歩、近づく。


その表情には、何かを思い出したような揺らぎがあった。


「……君を見たときから、不思議だった。
 知らないはずなのに、どうしても心が痛む。
 ――さっき、やっと思い出したんだ。」


咲は息を止めた。


蓮は静かに手を伸ばす。
その掌が咲の頬に触れた瞬間、光が溢れた。

目の前に、次々と過去の映像が流れる。

――春の公園で笑う彼。


――小さな女の子が「パパ」と呼んで駆け寄る。


――台所で並んで料理をして、喧嘩して、笑って。


――そして、離婚届の前で泣き崩れた自分。


「やっと……思い出した。」


咲は泣きながら笑った。


「あなたは、私の――旦那さん。」

蓮の瞳が揺れた。


涙が溢れそうになりながら、彼は咲を抱きしめた。


「そうだ。
 俺は君を愛してた。
 それなのに、守れなかった。
 仕事ばかりで、君の寂しさに気づけなかった。
 あの時、離婚届にサインした瞬間、何かが壊れたんだ。」


「でも、私も同じ。
 あなたの背中に言えなかった“ごめん”と“ありがとう”を
 ずっと喉の奥にしまいこんでたの。」

二人の涙が重なる。


それは悲しみじゃなく、やっと出会えた“救い”の涙。


そのとき、空に響く声。


“試練を越えし者よ。

愛とは記憶にあらず、選択なり。


過去を選ぶか、未来を選ぶか――今、心で答えよ。”


霧の中に光の輪が浮かぶ。


そこを通れば、現実へ戻れるという。


蓮は咲の手を握った。


「……もし戻っても、また君とやり直せるのかは分からない。
 でも、今度は逃げない。何度でも君を探す。」


咲は小さく笑って、彼の手を握り返した。


「私も、もう一度あなたに恋したい。
 “初めまして”からでも、何度でも。」


光が強くなる。


二人の距離が近づいて――
唇が、そっと触れた。


短い、けれど確かなキス。


それは“再会”の証であり、“約束”の印だった。


霧がゆっくりと晴れていく。


他の男女たちも、それぞれの選択を終えていた。


涙で別れる者、微笑んで抱き合う者――。


そして神の声が最後に告げる。


“愛とは、痛みを抱えながらも誰かを選ぶ勇気。
それを持つ者に、朝が訪れる。”


光に包まれ、世界が白く消えていった。


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