前世を思い出して賢くなったぼく、家族仲を改善します!
ぼくは賢くなりました
「……む、ん」
「フィル様。朝ですよ、起きてください」
窓から差し込む光に、ぎゅっと目を閉じる。先程からぼくの名前が呼ばれているが、聞こえないふりで乗り切ろう。
「フィル様。起きてください」
「む!」
そんなぼくの決意も虚しく、手触りのいい布団が剥ぎ取られた。こんな容赦のないことをするのは、侍従のネッドだ。今年二十歳になった優しいお兄さんである。多少我儘言っても問題はない。それにぼくは五歳だぞ。まだまだ寝ていたいお年頃なのに。
「朝ごはん、いらないのですか? いらないのであれば私が代わりにいただきますけど」
「それはだめぇ!」
ぼくのご飯を奪うなんて蛮行が許されるわけがない。慌てて飛び起きると、ネッドがくすりと笑った。
「はい。おはようございます」
「……おはよ」
なんだか上手く手のひらで転がされた気がする。
むすっと頬を膨らませている間に、ネッドは手際良く着替えを用意してくれる。むにゃむにゃ欠伸をしながら身支度を整えていくぼくは今日も元気だ。
公爵家なだけあって、うちには使用人がたくさんいる。ぼくには侍従のネッドがついている。すらりとした体躯の好青年で、なかなかにイケメンである。長めの黒髪を背中でひとつにまとめて、茶色っぽい瞳という日本人っぽい容姿も親しみやすくていいと思う。
……ん? 日本人?
唐突に頭をよぎった言葉に、動きを止める。
「フィル様?」
固まったぼくに、ネッドが不思議そうな目を向けてくる。ギギギッと音がしそうなぎこちない動作でネッドを見上げたぼくは、むぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「あのね、ネッド。日本っていう国のこと知ってる?」
「……申し訳ありません。私の勉強不足です」
「あ、いや! 違うの」
とても申し訳なさそうな顔で頭を下げるネッドを慌てて制止する。
「えっと。ぼくが考えました。ネッドに話したことあったかなって思って」
五歳児が遊びで作った妄想の産物だと説明すれば、たちまちネッドが柔らかい笑顔を見せる。どうにか誤魔化せたと思う。
バクバク音を立てる心臓を放置して、へにゃっと笑みを浮かべておく。
なんというか、うん。頭の中がごちゃごちゃしてきたぞ。
○
ぼくはフィル・アクランド。アクランド公爵家の次男で、ただいま五歳。
昨日までのぼくは単なるお気楽五歳児だった。なんにも考えずに毎日遊んで暮らしていた。
けれども今朝起きたら前世のことを思い出した。日本人としての記憶である。今までネッドのことを見ても優しいお兄さんとしか思わなかったのに。なぜか今日は色味が日本人っぽいなと思ってしまったのだ。
あれだな。異世界転生ってやつだろう。なんてこった。
けれども詳しい記憶を思い出したわけではない。ぼくの前世のお名前とか、どういう仕事をしていたのかとか。そういうことはまったく思い出せない。しかしなんだか思考がクリアになった気がする。
ようするに、ぼくはレベルアップしたのだ。
今までのお気楽五歳児とは違う。前世のことを思い出して、賢くなったのだ。精神年齢もちょっとだけ成長した気がする。
とはいえ、よくある漫画みたいにこの世界の今後の展開を知っているとかではない。単にぼくの知識がちょっぴり増えたというだけだ。
「ネッド。ぼくは賢くなりました。今日からすんごく賢くなりました」
「左様ですか。さすがはフィル様ですね」
「えっへん!」
褒められて、頬を緩める。
今なら着替えだってひとりでできちゃうに違いない。
嬉しくなったのは一瞬。
賢くなったぼくは、現状を理解してちょっぴり絶望する。
なんというか。家族仲がちょっと、うん。アレなのである。
昨日までのぼくは、あんまり気にしていなかった。けれども最近両親の口喧嘩が多くなっている。おまけにお兄様も家の中で孤立している気がする。
物心ついたときからそんな感じだったので、特になんとも思っていなかった。けど賢くなった今なら理解できる。
ぼくの家族、ちょっぴりピンチだ。
朝ごはんを済ませたぼくは、ネッドと共に部屋を出る。今世のぼくは金髪碧眼という王子様っぽい見た目である。色味的にはお母様にそっくり。ふんわりした髪の毛は、触り心地がいいと思う。まだ五歳なので、背は低い。
ぼくと歳の離れたお兄様はさらさらと細い銀髪。お父様似の見た目なのだ。十二歳のお兄様は、公爵家の跡継ぎである。そのため色々厳しく育てられたようで、なんだか表情が冷たいクール系美少年。
ぼくは、お兄様のことがちょっぴり苦手であった。だって笑ったお顔を見たことがないし、常に鋭い目をしている。お気楽五歳児のぼくを、なんだか見下している気がするのだ。
気持ちはわかる。お兄様は跡継ぎとして厳しく育てられたのに、歳の離れた弟のぼくは割と甘やかされている。
このままだと家族がバラバラになってしまう。それは嫌だ。せっかく始まった第二の人生、楽しく平和に過ごしたいじゃないか。
パタパタ廊下を進んで庭に出る。この時間、お兄様はいつも外に据えられたテーブルセットを占領している。花に囲まれた綺麗な空間で落ち着くのかもしれない。
花よりも虫を追いかけ回す方が楽しいぼくは、あまり近づかない場所である。今日はいい天気だから、そこで優雅にお茶でも飲んでいる気がする。
そうしてたどり着いた庭園には、予想通りシリルお兄様がいた。
「フィル様。朝ですよ、起きてください」
窓から差し込む光に、ぎゅっと目を閉じる。先程からぼくの名前が呼ばれているが、聞こえないふりで乗り切ろう。
「フィル様。起きてください」
「む!」
そんなぼくの決意も虚しく、手触りのいい布団が剥ぎ取られた。こんな容赦のないことをするのは、侍従のネッドだ。今年二十歳になった優しいお兄さんである。多少我儘言っても問題はない。それにぼくは五歳だぞ。まだまだ寝ていたいお年頃なのに。
「朝ごはん、いらないのですか? いらないのであれば私が代わりにいただきますけど」
「それはだめぇ!」
ぼくのご飯を奪うなんて蛮行が許されるわけがない。慌てて飛び起きると、ネッドがくすりと笑った。
「はい。おはようございます」
「……おはよ」
なんだか上手く手のひらで転がされた気がする。
むすっと頬を膨らませている間に、ネッドは手際良く着替えを用意してくれる。むにゃむにゃ欠伸をしながら身支度を整えていくぼくは今日も元気だ。
公爵家なだけあって、うちには使用人がたくさんいる。ぼくには侍従のネッドがついている。すらりとした体躯の好青年で、なかなかにイケメンである。長めの黒髪を背中でひとつにまとめて、茶色っぽい瞳という日本人っぽい容姿も親しみやすくていいと思う。
……ん? 日本人?
唐突に頭をよぎった言葉に、動きを止める。
「フィル様?」
固まったぼくに、ネッドが不思議そうな目を向けてくる。ギギギッと音がしそうなぎこちない動作でネッドを見上げたぼくは、むぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「あのね、ネッド。日本っていう国のこと知ってる?」
「……申し訳ありません。私の勉強不足です」
「あ、いや! 違うの」
とても申し訳なさそうな顔で頭を下げるネッドを慌てて制止する。
「えっと。ぼくが考えました。ネッドに話したことあったかなって思って」
五歳児が遊びで作った妄想の産物だと説明すれば、たちまちネッドが柔らかい笑顔を見せる。どうにか誤魔化せたと思う。
バクバク音を立てる心臓を放置して、へにゃっと笑みを浮かべておく。
なんというか、うん。頭の中がごちゃごちゃしてきたぞ。
○
ぼくはフィル・アクランド。アクランド公爵家の次男で、ただいま五歳。
昨日までのぼくは単なるお気楽五歳児だった。なんにも考えずに毎日遊んで暮らしていた。
けれども今朝起きたら前世のことを思い出した。日本人としての記憶である。今までネッドのことを見ても優しいお兄さんとしか思わなかったのに。なぜか今日は色味が日本人っぽいなと思ってしまったのだ。
あれだな。異世界転生ってやつだろう。なんてこった。
けれども詳しい記憶を思い出したわけではない。ぼくの前世のお名前とか、どういう仕事をしていたのかとか。そういうことはまったく思い出せない。しかしなんだか思考がクリアになった気がする。
ようするに、ぼくはレベルアップしたのだ。
今までのお気楽五歳児とは違う。前世のことを思い出して、賢くなったのだ。精神年齢もちょっとだけ成長した気がする。
とはいえ、よくある漫画みたいにこの世界の今後の展開を知っているとかではない。単にぼくの知識がちょっぴり増えたというだけだ。
「ネッド。ぼくは賢くなりました。今日からすんごく賢くなりました」
「左様ですか。さすがはフィル様ですね」
「えっへん!」
褒められて、頬を緩める。
今なら着替えだってひとりでできちゃうに違いない。
嬉しくなったのは一瞬。
賢くなったぼくは、現状を理解してちょっぴり絶望する。
なんというか。家族仲がちょっと、うん。アレなのである。
昨日までのぼくは、あんまり気にしていなかった。けれども最近両親の口喧嘩が多くなっている。おまけにお兄様も家の中で孤立している気がする。
物心ついたときからそんな感じだったので、特になんとも思っていなかった。けど賢くなった今なら理解できる。
ぼくの家族、ちょっぴりピンチだ。
朝ごはんを済ませたぼくは、ネッドと共に部屋を出る。今世のぼくは金髪碧眼という王子様っぽい見た目である。色味的にはお母様にそっくり。ふんわりした髪の毛は、触り心地がいいと思う。まだ五歳なので、背は低い。
ぼくと歳の離れたお兄様はさらさらと細い銀髪。お父様似の見た目なのだ。十二歳のお兄様は、公爵家の跡継ぎである。そのため色々厳しく育てられたようで、なんだか表情が冷たいクール系美少年。
ぼくは、お兄様のことがちょっぴり苦手であった。だって笑ったお顔を見たことがないし、常に鋭い目をしている。お気楽五歳児のぼくを、なんだか見下している気がするのだ。
気持ちはわかる。お兄様は跡継ぎとして厳しく育てられたのに、歳の離れた弟のぼくは割と甘やかされている。
このままだと家族がバラバラになってしまう。それは嫌だ。せっかく始まった第二の人生、楽しく平和に過ごしたいじゃないか。
パタパタ廊下を進んで庭に出る。この時間、お兄様はいつも外に据えられたテーブルセットを占領している。花に囲まれた綺麗な空間で落ち着くのかもしれない。
花よりも虫を追いかけ回す方が楽しいぼくは、あまり近づかない場所である。今日はいい天気だから、そこで優雅にお茶でも飲んでいる気がする。
そうしてたどり着いた庭園には、予想通りシリルお兄様がいた。
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