わたしは知っている、君の最期を。

わたしは知っている、

「お邪魔します……」

「あら、あなた来てくれたのね! どうも、春野ケイの母です」

 あれからすぐに身支度を整え、息もつかずに走った。

 玄関に立って息を整え、ばくばく心臓を抑えながらインターホンを押した。

 すると彼の母が出迎え、柔和な笑みで家に迎え入れてくれた。

 ある程度立派な二階建ての一軒家。

 彼女は春野恵美。「めぐみさんって呼んでね」と自己紹介してくれた。

「さて、あの子は自分が死んだらあなたに日記を読ませてほしいって言っててね」

 めぐみさんは少ししわがれた声で優しく話す。

『……だから、絶対来てね』

 あの手紙を見なければ彼の家に来なかっただろう。

 あの子に嫌われて傷つけられた気がしたから。

 無意識に彼の意図を知ろうとしたくなかった。この場所に来る選択肢はなかった。

 めぐみさんには居間に案内されず、すぐに二階に連れられた。

 彼の部屋と思しき一室に迎えられる。

「持ち帰って読んでもいいけど、ぜひあの子の部屋で読んであげて」

 その言葉を残してめぐみさんは私を一人にした。

 部屋の中はきれいに整頓され、めぐみさんがそのままにしてあると言っていたけど、とてもそうは見えなかった。

 きれいに本棚が並べられ、彼が好きと言っていた最新ゲーム機も隅に片付けられていた。

 部屋の真ん中、目の前の机の上にリングノート状の茶色い表紙の日記帳。

 これを読んでねと言わんばかりに置いてあり、静かに近づいた。

『春野恵 未来日記』

 表紙には知らない名前が書かれていて、でも彼の字だと分かる汚い字だった。

 一ページ目。
『俺は今12歳。中学に上がった頃。突然未来を見るような変な能力?を手に入れた。事実を確実にするためここに書いてみる。』

 二ページ目。
『やはり未来を見通す能力ではあるようだ。しかしある程度の先の未来しか見れない。もう少し確かめようと思う。』

 これは彼の行動を記した軌跡?

 まさか同じ能力を持っていたなんて……。

 三ページ目。
『この能力にはある程度分岐した複数の未来を見れるみたいだ。鏡を見て自分の瞳孔を見つめるとその選択した未来が見れた。もう少し確かめよう。』

 四ページ目。
『この日記を未来日記としよう。ある程度の未来を書き写し、比較してみるとする。』

 五ページ目からは未来を見たと思われる詳細が書かれていた。

 形式的に代わり映えしないので、少し飛ばし飛ばし読むが、20ページ目で気づく。書き方が変わっていた。

 20ページ目。
『鏡とにらめっこして未来を見てたら、鼻血が出てた。あと今頭痛い。オーバーヒートみたいのもあるのかもしれない。気をつけるべし。』

 ……鼻血。

 もしかして、あの時のは……。

 40ページ目。
『なぜか、未来を見ていると自分が死ぬ事になっていた。なぜだ、他の未来を見ても理由が変わるだけで必ず死ぬ。なぜ、これは代償か? しばらく未来を見るのは控えよう。』

 41ページ目。
『変わらない。一ヶ月程置いて見ても俺は必ず死ぬ。どういうことだ。まだ死にたくない。まだ死ぬまで3年はある。なんとか考えよう。』

 45ページ目。
『だめだ…、ある程度行動に移せば過程は変わるが必ず死ぬ事になっている。まだ恋愛もしてないのに、人生を楽しんでないのに死ねない。』

 それからずっと試行錯誤の事しか書かれず、違うことが書かれていたのは80ページを超えてからだった。

『ある一つの未来に、ぶすっとした表情が第一印象の女の先輩に出会う未来があった。その未来はどの未来より楽しくてどきどきして、理想の恋愛をしている自分だった。どうせ死ぬなら幸せに死ねる未来にするか。いや、そうしよう。今からこの未来になる行動をする。』

(…………)

 82ページ目。
『どうにかこの未来の路線に立てたが、驚く事にこの先輩も未来を見通す能力があるらしい。複数の分岐ルートで先輩の過去を聞く時があって、それで色んな苦労をしたと聞いた。どの未来も俺が死ぬ時になって、彼女は明るく心を開いてくれるようになった。でも最後の最後で凄い泣きつかれて、死なないでと言われた。俺はこの選択は正しかったのだろうか?』

 83ページ目。
『よし、決めた。ここからは先輩を幸せにできる方向に舵を切ろう。その方が使命感みたいでかっこいいし、生き甲斐がある。そうしよう。』

 やっぱり君は優しいね……。

 90ページ目。
『先輩に会えた。イメージ通りのぶすーって顔だけど、めちゃめちゃ可愛い。彼女を最後まで幸せにしたいけど、手助けするくらいしかできないなんて、無念だな。』

 95ページ目。
『そろそろタイムリミットだ。先輩は明るくなってきてくれて一番最善の方法を選んできた。でもまだ何か足りない気がする。彼女の家に遊びに行くルートがある。これが一番良さそうだ。もっと見てみよう。』

 96ページ目。
『そろそろ俺が死亡する時期に入る。突発的な病気で死んだり突然死したり、交通事故にあったり。救いはないのかってぐらい必ず殺しにかかってくる。まるで運命みたいに。これから先輩の家に行って押し倒されるシーンがある。どうせなら一線を超えたい、エッチなことやキスだけでいい、めっちゃしたいと思ったけど、なぜかそのルートがない。そもそもなれないのかもしれないし、作れても今までのが崩壊する可能性がある。自分勝手な事だし、まあいいや。でも童貞は卒業したかったな』

 ぷふっ。

 なぜか最後の最後で彼らしさが出ていて笑ってしまった。

 そこまで真剣に考えてそれかよ! カッコ悪いだろ! と日記に叱りつけたくなる。

 でも、そうか。やっぱりキスくらいしとけばよかったな。

 その後は入院して書けなかったのだろう。

 めぐみさんがそのままにしてある机の上に置いたままから、あれからは書いてないんだなと思い馳せ。

 もう彼の痕跡は見れないのかと残念に思い、最後にぱらららめくると、終わりの方に数ページ文字が書かれているのが見えた。

 軽いあとがきかな? と始めを開くと、『センパイへ』と右上に書かれていて。

 作文のタイトルみたいに書かれたそれを見た瞬間、両目から涙が溢れ出して。

 ぶわっとダム決壊のようにぽたぽた机を濡らす。

「な、なんで急に……」

 なぜまた泣いてるんだ。彼に傷つけられて嫌だったのに。

 この続きを読んだらもっと好きになっちゃうじゃない。

 せめて大事な日記だけは濡らさないように目元をぐしぐし擦るけど、全然止まらない。

 ひっくひっくとイヤな部分をゆっくり吐き出し。

 どんどん確実に逃がしていく。

 彼にしっかり向き合わなければならない。

 向き合う準備をしなければならない。

 彼の大事な日記を机の隅に置き、あの子の言葉を受け取れるよう自分をあやした。

 彼がなぜいきなり声をかけたか、勝手に自殺したかよく分からなかった。

 私は今、この日記をしっかり読み込んでいる。

 じっくり読み解き、彼の人生の背景を想像して。

 自分のイヤな感情を押し付けることなく、しっかり吐き出して。


 彼は私に出会って救われただろうか?

 私は彼に出会って救われただろうか?


 あの子は救われたと思う。私は能力に絶望したけど、彼はちゃんと立ち上がった。

 その足で立って、私の闇を取り払おうとしてくれたんだよね。

 あの時鼻血を出して倒れてたってことは、あなたも死にたくなくなったんだよね。

 より、さらに。

 私は知らなければならない。

 彼の最期の言葉を。

 私はあの子を助けられなかったけど、彼は私に色んなものをくれた。

 受け止めなければならない。
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