I 編む

第一章/「これ、お賽銭にしませんか?」

本当に求められて仕事をしている人って、どれだけいるんだろう———

頭が考えごとに、ことにマイナス思考に占められているときのつねで、体はただ覚えている挙動をこなしている。
スマホを自販機のキャッシュレス決済の端末にかざして、お茶のペットボトルを買った。

どうせわたしは・・・

残業時間のオフィスなのに、後ろに人影がある。
早く順番を譲らないと、と取り出し口からすばやくペットボトルをつかんでそそくさと踵を返した。

あのすみません、という声にかるく驚きながら明日美(あすみ)は振り返った。
相手の男性はこちらに視線を向けながら、長身をかがめて釣り銭口に手を伸ばしているところだった。

「お釣り、忘れてませんか?」

取り出した銀色の硬貨をこちらに差し出してくる。五十円玉だ。

いえ違います、と片手を小さく振って返す。案外はきはきと声が出た。
「わたし、タッチ決済なのでお金は使ってません。前の人の忘れ物だと思います」
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