野いちご源氏物語 四六 椎本(しいがもと)
桜が満開になるころ、匂宮(におうのみや)様は一年前に宇治(うじ)へ行かれたことを思い出していらっしゃった。
長谷(はせ)(でら)へのお参りの帰りに、夕霧(ゆうぎり)大臣(だいじん)様の宇治の別荘にお泊まりになったのよね。
川の向こう岸に(はち)(みや)様の山荘(さんそう)があるのに、(とうと)いご身分では気軽にご訪問できず、(くや)しい思いをなさったの。

(かおる)(きみ)や若い貴族たちは舟で山荘を訪問したのだけれど、その人たちが(なつ)かしんで思い出話を申し上げるものだから、匂宮様はますます行きたくなってしまわれる。
「去年は(とお)()きに見ることしかできなかった八の宮様の桜ですが、今年の春こそはお訪ねして()()りたいのです。同じようにあなた様も私のものにしたい」
中君(なかのきみ)へお手紙をお書きになった。

<なんというあからさまな>
中君はあきれながらも、ご退屈(たいくつ)なときだったから、お手紙の風流(ふうりゅう)なところにだけは魅力(みりょく)をお感じになる。
(すみ)色の(かすみ)が立ちこめる喪中(もちゅう)の家ですから、ご満足なさるような桜はございませんでしょう」
つれないお返事をなさったので、匂宮様の恋心はさらに燃え上がる。
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