取引先のエリート社員は憧れの小説作家だった

第11話 出張と熱とコメント

──出張当日

スーツケースを片手に会社の前に着くと、すでに橘さんの会社の人と、私の会社の人数人が揃っていた。

「おはようございます!」

慌てて頭を下げると

橘さんが他人行儀な笑顔で私に微笑んだ。

「神谷さん、今日は来てくれてありがとう。一緒に頑張ろう」

「は、はい」

プライベートと仕事の時の態度の高低差に戸惑うばかりだった。

◇ ◇ ◇

目的地行きの新幹線の車内。

私と橘さんは席が離れた。

私の隣は開発担当の社員だった。

「神谷さん、仕事以外で話した事ないからなんだか新鮮」

「そうですね、ちゃんとお話ししたの初めてですね」

他愛もない話をその人としてたら、凄い圧を感じた。

新幹線の通り道を橘さんが通り過ぎようとした時、目があった。

鋭い目線。

言わなくてもわかる。

私はその後、何冊か持ってきてた橘さん…翠川雅人から渡された本をひたすら読んでいた。

◇ ◇ ◇

駅に到着した後、皆で泊まるホテルに向かって、チェックインの手続きを済ませた。

その後、自分の部屋の近くに向かったら、従業員が何人か深刻な顔で話していた。

「どうしたんですか?」

「あ、お客様、申し訳ありません。こちらのお部屋、鍵の部分が壊れているのを先程確認しまして、修理のため別のお部屋をご用意致します。フロントでお待ちくださいませ」

「はい、わかりました」

私は仕方なくフロントに戻った。

暫くしたらスタッフの人が来た。

「お客様、大変申し訳ありません。ホテルの空き部屋が見つからず…近辺のホテルの空きを現在探しております。ご迷惑をおかけし、大変申し訳ありません」

私だけ別になるかもしれないのか…。

まあいいか。

本を読みながら待っていた。

ふと、あの香りがした。

「どうしたの?」

橘さんが立っていた。

「あ、なんかトラブルがあって、別のところに泊まる事になりそうです」

「じゃあ俺のところに来いよ。ツインだし」

「いや待ってください…それ会社にバレたらやばいですよね?」

「バレないようにすればいいだろ」

なんとなく断りづらくなり、スタッフの人に声をかけた後、橘さんの部屋にこっそり行った。

橘さんの部屋に泊まれたのは良かったけど…

今夜ずっとここからまともに出入りできない…!

その時部屋を誰かがノックした。

私は部屋の片隅に隠れた。

橘さんがドアを開けたら、上長が立っていた。

「橘さん、うちの神谷見かけませんでしたか?」

あ、やばい連絡するの忘れてた!

「フロントで困った顔をして立っていたので声をかけたら、部屋でトラブルがあったみたいで他の客室に泊まってるみたいですよ」

橘さんが上手く対応してくれた。

「そうですか、ありがとうございます。本人に連絡してみます」

上長は去って行った。

「ちゃんと上司に報告しないとな」

ニヤッとした橘さんの表情にイラッとした。

その後急いで上司に電話して誤魔化した。

「ねえ」

橘さんに後ろから抱き寄せられた。

「俺の目の届く範囲で他の男と話すとか、どういうつもり?」

「ただ同じ会社の社員と話してただけですが…」

「美鈴と違う会社なのが辛い」

「でも、取引先じゃないですか」

「…そうだな」

「あ、そういえば、私今日これ読んでみたんです!すごくいい作品でした!」

私は新幹線の中で読んだ本を見せた。

「…お前のやる気はわかった」

うなじに橘さんの唇が触れた。

「あの…それはまずいかと…」

ん?なんか熱い。

振り返って橘さんの額に手を当てたら熱かった。

「橘さん熱あるんじゃないですか??」

「みたいだな…」

明日プレゼンなのにどうしよう…。

「解熱剤いつも持ち歩いてるから大丈夫」

橘さんは解熱剤を飲んだ後、横になった。

部屋のドアがまたノックされた。

「橘さん飲みに行きませんか〜」

橘さんの会社の人だ…

「悪い、ちょっと体調崩したから今日はやめとく」

「え!大丈夫ですか?」

「大丈夫。寝れば治るから」

「わかりました、お大事にして下さい!」

そのままその人は去って行った。

どうしよう…。

橘さんはしんどそう。

「何か買ってきましょうか…?」

「お前がこの部屋から出てきたの見られたらヤバいだろ」

やめておけばよかった…!

仕方なく寝る準備をしたり、持ってきた本を読んだりしながら、夜が過ぎるのを待っていた。

その時、スマホのアプリから通知がきた。

「あ!コメントがきました!!」

「…え?」

橘さんが私の方を見た。

「私の小説にコメントが来たんです!」

スマホを橘さんに見せた。

「よかったな」

優しく微笑んでくれた。

「嬉しいです…ちゃんと読んでくれる人がいるって」

涙が出そうになった。

「前見せてもらった美鈴の小説、俺は好きだよ」

「え!?どの辺がよかったですか??」

──返事がない。

そっと橘さんを見たら。

寝ていた。

明日熱が落ち着いてるといいな…。

私は初めてもらったコメントで、幸せいっぱいの気持ちで眠った。

◇ ◇ ◇

次の日の朝

橘さんは無事回復して、朝からビシッと仕事モードになっていた。

「熱下がってよかったですね!」

「まあ、俺だからな」

意味がよくわからなかった。

商談先の会社の前に皆で向かい、会議室に案内された。

役員たちが並ぶ会議室に緊張が走る。

橘さんが立ち上がる。

「本日はご多忙の中、ありがとうございます」

橘さんはプロジェクターの近くで淡々と、でも正確に分かりやすく説明していた。

相手企業の役員の人たちが頷いていく。

その後、質疑応答の時間になった時、

「資料作成者の神谷が最も詳しいのでこれから説明させて頂きます」

橘さんが私に目線を合わせて促した。

私は緊張しながらも必死に説明する。

「こちらの工程では御社のシステムに合わせ──」

説明が終わると、役員は頷いた。

「よくわかりました」

安堵と同時に、橘さんと目が合う。

橘さんの優しい笑みにほっとした。

その後、緊張の糸が切れて、肩を撫で下ろした私に橘さんが近づいてきた。

「頑張ったな。ちゃんとわかりやすく説明できてたよ」

「それはよかったです…」

その後、上長からも褒められて、なんとか山場を乗り越えた。

そして帰りの新幹線は橘さんの隣になり、私は爆睡してしまった。

──翌週

上長から呼ばれた。

「相手企業から受注が決まったよ。神谷さん頑張ったね」

やった!

でも、私というより、橘さんのプレゼンの説得力のおかげな気がするけど、成功してよかったと素直に喜べた。

仕事が終わってビルを出たら、橘さんが近くに立っていた。

「祝杯しようか」

「はい!」

初めて私達が一緒に何かを成し遂げた日。

そんな特別な日だった。
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