取引先のエリート社員は憧れの小説作家だった

第30話 迷路

◆ ◆ ◆

美鈴の部屋を出た後、マンションから出て夜道を歩いていた。

自分の中の情けない感情に耐えられなくなった。

三浦への嫉妬、そして美鈴の才能への嫉妬。

美鈴が俺の手の届かない場所に行く不安。

俺から言い出して、美鈴は官能小説を書くようになった。

元は美鈴はプラトニックな純愛小説が好きだった。

でも、毎度適当な設定を与えて、美鈴はそれを完成度の高いストーリーで仕上げてくる。

今回出した愛憎劇の設定は、美鈴が書けるかどうか試すためだった。

無理だと言っていたのに、美鈴は書いた。

それは俺にとって、記憶に残るレベルのストーリーだった。

三浦は既に世間から才能を認められていて、これからどんどんいい作品を出していくだろう。

美鈴と三浦が一緒にいる事は、俺にとって脅威でしかない。

それに耐えられなくて、共作を断った。

美鈴とこれからどう向き合えばいいかわからない。

ただの恋人ではない。

小説を書く者同士だ。

どちらかでは成立しない。

ずっと答えのない迷路の中を彷徨いながら、闇夜に紛れた。

◇ ◇ ◇

橘さんから共同制作を断られてから数日が経ち、会うこともなければ音沙汰もない。

『俺の問題』ってなんなんたろう。

どうすればまた元の関係に戻れるんだろう。

仕事が終わってエレベーターホールに立っていると、

「神谷ちゃんお疲れ様〜」

先輩が来た。

「お疲様です!」

先輩から前話を聞いて、それを元にコンテストの作品を考えて、それから先輩の恋愛についてずっと気になっていた。

でも自分から聞けない……聞きづらい。

「神谷ちゃん彼氏とはどう?」

「えっと…ちょっと色々ありまして……」

「そうかぁ。気になるなー。飲みに行くか〜」

「え………」

そのまま居酒屋に連行された。

「今度は私が聞く番だったよね〜」

先輩はニコニコしている。

「あの人を怒らせてしまって、困ってたんです。それだけなんです」

「その人ってどんな人なの?」

先輩は別の部署だから橘さんを知らない。

「仕事ができて、社交的で、凄い人ですよ」

「惚気じゃん……」

先輩は残念そうにしている。

橘さんが小説家である事、私が小説を書いている事、それは誰にも言えない。

だから、相談したくてもできない。

「そんな完璧な人を怒らせちゃったのかぁ。神谷ちゃんは悪い子だなぁ〜。」

「はい……悪い子なんです」

三浦さんと今まで色々あったのに、また会いに行って…

愛想尽かされてしまったのかもしれない。

「謝ってもだめなの?」

「謝ったけど、俺の問題だって言われて……」

飲んでたお酒が頭に回ってきて、つい話しそうになってしまう。

「じゃあどうしようもないよね」

「はい……」

私はこれからどうしよう。

コンテストの結果が出るのは3ヶ月先。

それまでただ待ってるも時間が惜しい。

待っている間にもまた別に書いて、別のコンテストにも応募しようかな……。

でも、橘さんから共同制作を断られてしまった。

それなら自分で1から書くしかない……。

何を書けばいいんだろう。

やっと目標に辿り着いたのに、見えない迷路の前に立たされた気分だ。

「あ、神谷ちゃん、私男と別れたよ。」

「え!!」

既婚者の人と、とうとう……

「どうしてですか……?」

まさか奥さんにバレたの??

「別れようと思って、連絡先ブロックして消したの。職場もなるべく接点を減らした。そしたらそのままって感じかな」

「呼び出されたりしなかったんですか?」

「されなかった。もしかしたら、向こうも別れたかったのかもしれない」

なんて虚しい終わり方なんだろう。

私が書いた物語とは大違いだ。

現実はこんなにあっけないものなのか……。

その後、先輩とフラフラ居酒屋から出て駅まで歩いた。

「神谷ちゃん、早く仲直りできるといいね!二人はちゃんとした恋人なんだから、幸せになってほしい」

「はい……幸せになりたいです……」

改札を抜けた後、先輩と別れた。

「またね!」

先輩は明るい笑顔で手を振ってくれた。

本当の事は言えなかったけど、今日声をかけてもらえて救われた。

先輩も、次は幸せな恋愛をして欲しい。

電車に揺られている間、外の夜景を眺めていた。

駅に近づくと、マンションが見える。

最上階の橘さんの部屋を見た。

電気がついている。

今何をしているのかな……。

会いたいな。

でも会ったところで、迷惑なだけだ。

私は駅に着いた後、マンションの自分の部屋に帰った。

こんなに近くにいるのに、心は凄く遠くに感じる。

酔いはとっくに覚めている。

私はすぐにお風呂に入って、パソコンに向かった。

ただ待ってても仕方がない。

小説を書くと決めて動きだしたんだ。

なら書いていこう。

一人でも。


──でも、何も浮かばない。

なんのストーリーも頭に出てこない。

私が橘さんからもらってたのは設定だけだ。

そんな難しい事じゃない。

なのに、そんな事すらできない。

手が動かない、画面も私の頭も真っ白。


その時私はわかってしまった。

私は橘さんがくれた種がないとストーリーを書けないんだと。

橘さんなしでは書けないんだと──
< 30 / 32 >

この作品をシェア

pagetop