婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~
夕方、水族館から海の見えるデッキに出た。昼よりも風が涼しく、それが心地よく感じる。
人影はまばらで、波の音だけが静かに響いていた。
「エピソードの打ち合わせもしたし、写真もこれだけあれば十分だろ」
「はい」
綾斗さんが見せてくれたスマホのフォルダには、いかにも普通のカップルが幸せそうに写っていた。
――私、こんな顔で笑っていたんだ。
なんだか気恥ずかしくなって、スマホから目を逸らす。すると、スマホの画面を見たまま綾斗さんが口を開いた。
「……正直に聞く」
その声は仕事の時より低い。
「婚約者の話、本当は断りたいんじゃないのか?」
私は驚いて綾斗さんの顔を見た。
「……どうして」
「昨日の食事の時も断ろうとしていただろ。それを俺が押し切った」
綾斗さんもわかっていたんだ。だったらどうして……。
「今日一日、考えていた。茉白は本当は俺が相手なのは嫌なんじゃないかって。だから断りたいんだろう?」
綾斗さんの言葉に目を丸くする。
「違います! 綾斗さんが嫌だとかじゃありません! むしろ……」
「むしろ?」
綾斗さんは私の顔を覗き込む。
「何度も考えました。やっぱり失礼じゃないか、迷惑だろうな、とか……、いくら一日限定とはいえ、綾斗さんのように素敵な人に私なんかの婚約者役をお願いして良かったのだろうかって……。釣り合いとかも取れないし……」
視線を落とし、指先を握る。綾斗さんの視線を感じる。
「正直、今日もやっぱりお願いするの、やめたほうがいいのかなって何度も思いました」
「それでも来た」
「……はい」
迷いながら言葉を探しながら続ける。
「実家を見返したくて……、無理やりお見合いなんてしたくなくて……、綾斗さんに頼ってしまいました」
困ったように小さく笑うと、綾斗さんは海を見たまま静かに言った。
「……それだけでいい。理由としては十分だろう」
綾斗さんは軽く微笑んでいた。
「もっと気軽に考えてくれていいんだ」
「ありがとうございます」
思わずフフっと笑うと、綾斗さんが「どうした」と首を傾げた。
「仕事でも、プライベートでも綾斗さんは頼りになりますね。さすがです」
「……買いかぶりすぎだな」
そういいながらも、声は柔らかかった。
それから、夜景の見えるレストランで食事をして展望台へとのぼった。美しい景色に思わず窓側へと駆けよった。
「わぁ、綺麗」
「――うちのホテルからの方が眺めはいいな」
後ろから真剣な声で言うもんだから思わず笑ってしまった。
「そこ、比べちゃいます?」
「でも茉白もそう思うだろ? この前のレストランからの夜景の方がずっと綺麗だ」
「そうですけど、そんなことここで言っちゃだめです」
クスクス笑いながら開いていたソファーに腰かける。綾斗さんも私のすぐ隣に腰かけた。
「最後に一枚撮ろう」
最後……。
その一言が、思ったより胸に刺さった。
今日が終わる。そう言われているみたいで、少しだけ息が詰まった。
綾斗さんはスマホを取り出して構え、自然に私の肩に腕を回して顔を近づける。頬が触れ合う距離。今までよりも一番近い。
ドキドキして困惑していると低い声が落ちてきた。
「大丈夫だ、恋人だろ。笑え」
「はい……」
シャッター音の後に画面に映る私たちは、さっきよりも近く、そして今までで一番自然な距離感だった。
「なんだか本当に恋人みたいですね」
「ああ」
綾斗さんは画面から目を離さずに言った。
「嘘だって言われなきゃ信じる」
その言葉が深く胸に沈んだ。
そうだ……、綾斗さんの言う通りこれは嘘だ。なのに、どうしてこんなに苦しくなるんだろう……。
帰りの車ではお互い言葉が少なめだった。
マンションの前まで送ってもらうと、私はシートベルトを外して綾斗さんに頭を下げる。
「今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ」
少し沈黙が流れた後、私は車の扉を開けた。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
静かに走り出す車を見つめながら、私は顔を歪めた。
バカげてるわ。
もっと一緒に居たかっただなんて、そんなことを思ってしまっただなんて。
人影はまばらで、波の音だけが静かに響いていた。
「エピソードの打ち合わせもしたし、写真もこれだけあれば十分だろ」
「はい」
綾斗さんが見せてくれたスマホのフォルダには、いかにも普通のカップルが幸せそうに写っていた。
――私、こんな顔で笑っていたんだ。
なんだか気恥ずかしくなって、スマホから目を逸らす。すると、スマホの画面を見たまま綾斗さんが口を開いた。
「……正直に聞く」
その声は仕事の時より低い。
「婚約者の話、本当は断りたいんじゃないのか?」
私は驚いて綾斗さんの顔を見た。
「……どうして」
「昨日の食事の時も断ろうとしていただろ。それを俺が押し切った」
綾斗さんもわかっていたんだ。だったらどうして……。
「今日一日、考えていた。茉白は本当は俺が相手なのは嫌なんじゃないかって。だから断りたいんだろう?」
綾斗さんの言葉に目を丸くする。
「違います! 綾斗さんが嫌だとかじゃありません! むしろ……」
「むしろ?」
綾斗さんは私の顔を覗き込む。
「何度も考えました。やっぱり失礼じゃないか、迷惑だろうな、とか……、いくら一日限定とはいえ、綾斗さんのように素敵な人に私なんかの婚約者役をお願いして良かったのだろうかって……。釣り合いとかも取れないし……」
視線を落とし、指先を握る。綾斗さんの視線を感じる。
「正直、今日もやっぱりお願いするの、やめたほうがいいのかなって何度も思いました」
「それでも来た」
「……はい」
迷いながら言葉を探しながら続ける。
「実家を見返したくて……、無理やりお見合いなんてしたくなくて……、綾斗さんに頼ってしまいました」
困ったように小さく笑うと、綾斗さんは海を見たまま静かに言った。
「……それだけでいい。理由としては十分だろう」
綾斗さんは軽く微笑んでいた。
「もっと気軽に考えてくれていいんだ」
「ありがとうございます」
思わずフフっと笑うと、綾斗さんが「どうした」と首を傾げた。
「仕事でも、プライベートでも綾斗さんは頼りになりますね。さすがです」
「……買いかぶりすぎだな」
そういいながらも、声は柔らかかった。
それから、夜景の見えるレストランで食事をして展望台へとのぼった。美しい景色に思わず窓側へと駆けよった。
「わぁ、綺麗」
「――うちのホテルからの方が眺めはいいな」
後ろから真剣な声で言うもんだから思わず笑ってしまった。
「そこ、比べちゃいます?」
「でも茉白もそう思うだろ? この前のレストランからの夜景の方がずっと綺麗だ」
「そうですけど、そんなことここで言っちゃだめです」
クスクス笑いながら開いていたソファーに腰かける。綾斗さんも私のすぐ隣に腰かけた。
「最後に一枚撮ろう」
最後……。
その一言が、思ったより胸に刺さった。
今日が終わる。そう言われているみたいで、少しだけ息が詰まった。
綾斗さんはスマホを取り出して構え、自然に私の肩に腕を回して顔を近づける。頬が触れ合う距離。今までよりも一番近い。
ドキドキして困惑していると低い声が落ちてきた。
「大丈夫だ、恋人だろ。笑え」
「はい……」
シャッター音の後に画面に映る私たちは、さっきよりも近く、そして今までで一番自然な距離感だった。
「なんだか本当に恋人みたいですね」
「ああ」
綾斗さんは画面から目を離さずに言った。
「嘘だって言われなきゃ信じる」
その言葉が深く胸に沈んだ。
そうだ……、綾斗さんの言う通りこれは嘘だ。なのに、どうしてこんなに苦しくなるんだろう……。
帰りの車ではお互い言葉が少なめだった。
マンションの前まで送ってもらうと、私はシートベルトを外して綾斗さんに頭を下げる。
「今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ」
少し沈黙が流れた後、私は車の扉を開けた。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
静かに走り出す車を見つめながら、私は顔を歪めた。
バカげてるわ。
もっと一緒に居たかっただなんて、そんなことを思ってしまっただなんて。