婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~
廊下を歩く音で目が覚めた。
というより、ほとんど眠れていなかったが。眠りが浅かったのだ。
朝の光が部屋に降り注ぐ中、私は布団の中でそっと息を吐いた。隣を見る勇気はまだないが、何となく起きている気配がする。
――綾斗さんも眠れなかったのかな。まさかね。
朝の旅館は、昨日の静けさが嘘のように動き出していた。
「おーい、起きているか」
部屋の外から遠慮ない父の声が聞こえる。返事をしようか、そう思った時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「えっ!?」
「朝だぞ!」
「ちょっと、お父さん!?」
私が飛び起きた時はもう遅かった、父は入ってくるなり、私たちの布団を確認する。
「……おう。仲良く並んでいるな」
「何言ってるの! やめて!」
私の叫びなど気にせず、父はガハハと笑う。
最低! こういうデリカシーがない所、本当に止めてほしい……。
隣を見ると、綾斗さんはきちんと起き上がっていて父に余裕の笑みを見せていた。
「おはようございます」
「おはよう、朝飯できてるぞ」
嵐のように去っていく父を見送り、私はサッと身なりを正す。そして綾斗さんに頭を下げた。
「すみません。祖母の胎内にデリカシーという言葉を忘れて生まれてきた人なんです……」
我が父ながら恥ずかしくて泣けてくる。
「いや。面白いお父さんだな」
笑ってくれるのがまだ救いだ。
「……眠れたか?」
「……少し」
明らかに嘘だった。
しかし、綾斗さんは小さく微笑むだけで、それ以上は何も聞いてこなかった。
その微笑みがなんだかとても優しくて、私はそれ以上何も言えなかった。
朝食の広間はすでに賑わっていた。
宿泊客とパートの仲居さん、食事の湯気。いつも日帰りの帰省だったので、こういう感じは懐かしい。
「ほら、ここ座れ」
父が席に案内してくれる。接客をしていた母が私たちに気が付き、私にそっと声をかける。
「……大丈夫だった?」
「え……、うん……」
反社的にうなずいてしまったがドキッとした。
大丈夫って何が? どういうこと。何に対して心配してくれたの?
私が視線を向けると、母はニコッと微笑んで接客に戻ってしまった。
やはり母は何か気が付いているかもしれない。でも何を、とは聞けないけれど……。
仲居さんが運んできてくれた朝食に、綾斗さんが満足そうに微笑んだ。
「こういうの久しぶりだな」
「朝ごはん、食べないんですか?」
「だいたいいつもコーヒーだけだ」
「よくそれで体がもちますね」
私は実家からの癖が抜けないのか、朝食はしっかり食べる方だ。コーヒーだけなんてお腹が空いてしまう。
「こういうの、いいな」
「だったら――……」
言いかけた言葉にハッとする。
いやいや、待って。私、今なんて言おうとした?
「何か言ったか?」
「いいえ……」
誤魔化すようにお茶を飲む。
私今、『だったら私が作りましょうか』なんて言いそうになった。
なんで? どうして? ほぼ無意識……。しっかりして、茉白。シチュエーションに乗せられてしまっている。
本当の恋人でも婚約者でもないんだから、そんな状況になるはずがないのに。
「お口に合った?」
母が食後のフルーツを出しながら綾斗さんに声をかけた。
「はい、とても美味しかったです。ありがとうございました」
「良かった。もし、時間があるなら近くを散策してきたら? 何もない所だけど、朝の空気は美味しいわよ」
「そうですね。茉白、案内してくれるか?」
「はい」
綾斗さんに頷くと、私を見ている母に気が付いた。なんだか視線が温かくて、それが余計に胸に刺さる。私は気が付かないふりしてフルーツを平らげた。
というより、ほとんど眠れていなかったが。眠りが浅かったのだ。
朝の光が部屋に降り注ぐ中、私は布団の中でそっと息を吐いた。隣を見る勇気はまだないが、何となく起きている気配がする。
――綾斗さんも眠れなかったのかな。まさかね。
朝の旅館は、昨日の静けさが嘘のように動き出していた。
「おーい、起きているか」
部屋の外から遠慮ない父の声が聞こえる。返事をしようか、そう思った時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「えっ!?」
「朝だぞ!」
「ちょっと、お父さん!?」
私が飛び起きた時はもう遅かった、父は入ってくるなり、私たちの布団を確認する。
「……おう。仲良く並んでいるな」
「何言ってるの! やめて!」
私の叫びなど気にせず、父はガハハと笑う。
最低! こういうデリカシーがない所、本当に止めてほしい……。
隣を見ると、綾斗さんはきちんと起き上がっていて父に余裕の笑みを見せていた。
「おはようございます」
「おはよう、朝飯できてるぞ」
嵐のように去っていく父を見送り、私はサッと身なりを正す。そして綾斗さんに頭を下げた。
「すみません。祖母の胎内にデリカシーという言葉を忘れて生まれてきた人なんです……」
我が父ながら恥ずかしくて泣けてくる。
「いや。面白いお父さんだな」
笑ってくれるのがまだ救いだ。
「……眠れたか?」
「……少し」
明らかに嘘だった。
しかし、綾斗さんは小さく微笑むだけで、それ以上は何も聞いてこなかった。
その微笑みがなんだかとても優しくて、私はそれ以上何も言えなかった。
朝食の広間はすでに賑わっていた。
宿泊客とパートの仲居さん、食事の湯気。いつも日帰りの帰省だったので、こういう感じは懐かしい。
「ほら、ここ座れ」
父が席に案内してくれる。接客をしていた母が私たちに気が付き、私にそっと声をかける。
「……大丈夫だった?」
「え……、うん……」
反社的にうなずいてしまったがドキッとした。
大丈夫って何が? どういうこと。何に対して心配してくれたの?
私が視線を向けると、母はニコッと微笑んで接客に戻ってしまった。
やはり母は何か気が付いているかもしれない。でも何を、とは聞けないけれど……。
仲居さんが運んできてくれた朝食に、綾斗さんが満足そうに微笑んだ。
「こういうの久しぶりだな」
「朝ごはん、食べないんですか?」
「だいたいいつもコーヒーだけだ」
「よくそれで体がもちますね」
私は実家からの癖が抜けないのか、朝食はしっかり食べる方だ。コーヒーだけなんてお腹が空いてしまう。
「こういうの、いいな」
「だったら――……」
言いかけた言葉にハッとする。
いやいや、待って。私、今なんて言おうとした?
「何か言ったか?」
「いいえ……」
誤魔化すようにお茶を飲む。
私今、『だったら私が作りましょうか』なんて言いそうになった。
なんで? どうして? ほぼ無意識……。しっかりして、茉白。シチュエーションに乗せられてしまっている。
本当の恋人でも婚約者でもないんだから、そんな状況になるはずがないのに。
「お口に合った?」
母が食後のフルーツを出しながら綾斗さんに声をかけた。
「はい、とても美味しかったです。ありがとうございました」
「良かった。もし、時間があるなら近くを散策してきたら? 何もない所だけど、朝の空気は美味しいわよ」
「そうですね。茉白、案内してくれるか?」
「はい」
綾斗さんに頷くと、私を見ている母に気が付いた。なんだか視線が温かくて、それが余計に胸に刺さる。私は気が付かないふりしてフルーツを平らげた。