婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~
5.全部嘘
あのPR撮影から数日が経った。
SNSに投稿された撮影の裏側動画は、公開から二日で再生回数が予想を大きく上回った。
綺麗な会場だけでなく、丁寧で穏やかなスタッフと楽しそうに和やかに進んだ撮影の様子は雰囲気の良さを強調しており、評判が良かったらしい。グランフィオーレへの問い合わせも増えているとか。
「花嫁が身近にいそうな雰囲気だから、結婚式のイメージが掴みやすかったってコメントが多い」
「それなら良かったです」
主任から満足そうに声をかけられ、私は照れ笑いするしかない。
モデルを使わなかったことが、逆に花嫁を自分に投影しやすかったのだろう。
結果、「良い仕事だった」と主任に褒められたのである。
良かった、仕事としては良かった。
でも……。
デスクで仕事をしていても、タブレットで数字を確認していても頭の片隅にあの日のことがちらついて消えない。
ウエディングドレス、バージンロード、手を包まれた温もり。
「ドレス、似合っていた」
あの言葉がまだ耳の奥に残っている。
ああ、もう。ダメよ、茉白。仕事しなきゃ!
首を振って画面に集中しようとした時、スマホが震えた。
「え……」
差出人を見て心臓が跳ねる。
『今から少し時間あるか。来られそうなら執務室へ』
綾斗さんからだった。
どうして……。直々に執務室へのお呼び出しなんて、何かしてしまったのだろうか。
いや、スマホへの個人メールだから仕事ではない……?
ドキドキする胸をそっと抑えながら、私は席を立った。
本社ビルの役員フロアに専務の執務室がある。そこへ向かう廊下で私は何度か深呼吸した。
きっと仕事の話よね。もしかしたら撮影の件で何かあったのかもしれない。社用PCへのメールより、個人のスマホの方が手っ取り早かったのかもしれないし……。大丈夫。
私はそう言い聞かせて、執務室をノックした。
「藤宮専務、失礼致します。桃瀬です」
「入れ」
中から声が聞こえ、私は扉を開ける。
「来たか、座れ」
真田さんはおらず、綾斗さんは部屋に一人。大きな窓を背にデスクの向こうで書類を見ていた。いつも通りクールな表情である。
言われた通り、部屋の中央にあるソファーに座ると綾斗さんは書類を置いて向かい側のソファーに座った。
「先日の撮影の裏側を撮ったSNS動画、反響が良かったらしいな。PR動画が楽しみという声が上がっている」
「はい、おかげさまで想定以上の数字が出ています」
私の返答に綾斗さんは満足そうに頷く。
「君のおかげだ。急に巻き込んで、ちゃんとお礼も言えてなかったな」
「いえ、私は何も……。椎葉さんの勢いに押されただけですし」
「それでも助かった。君を花嫁にしたことが、功を奏してプラスになってるようだしな」
ふっと口角をあげた顔に、心臓がうるさくてたまらない。
これって褒めれれているよね。嬉しくてソワソワしちゃって落ち着かない。
「あの……、お話はそれだけでしょうか?」
これ以上は心臓が持たない。
私は逃げ腰になりつつ、そう声をかけた。
「それだけだが何か?」
「い、いえ。ではこれで失礼致します」
立ち上がりかけると、綾斗さんが口を開いた。
「……昼は食べたか?」
「え?」
「まだなら付き合え」
命令口調。有無を言わせない雰囲気がいつもの綾斗さんだ。
「あ……、はい」
気が付いたら頷いていた。
お昼……か。二人でご飯なんて久しぶりだ。でも嫌ではない。ドキドキするから少し困るのに、でもどこか嬉しい。
本当、私って単純。
内心ため息をつきながら、立ち上がって綾斗さんの後ろに続く。そして、綾斗さんが執務室の扉を開けると廊下に真田さんが立っていた。
「あ……、真田さん。お疲れ様です」
「……お疲れ様です」
いつからそこに居たんだろう。
いつもと同じ落ち着いた声なのに、少しだけ硬く冷たい気がしたのは気のせいだろうか。
真田さんの視線がほんの一瞬、綾斗さんへと向かった。
あ、まただ。この揺れるような瞳……、前にも……。
すぐに元の表情に戻ったが、その一瞬が妙に引っかかる。
「どうした、何か用だったか?」
「……いえ、後にします」
そう言って真田さんは踵を返した。その瞬間、真田さんと目が合う。
え……。
睨まれた……気がした。