婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~
新幹線の中は静かだった。

窓の外を流れていく景色を見ながら、私はずっとスマホを握りしめていた。
母からは「今、検査中」という短いメッセージが届いていた。それ以上の情報はない。

デッキから戻ってきた綾斗さんが、「大丈夫か」と聞いてきた。

「大丈夫です……たぶん。専務こそ……」

きっと真田さんや関係各所に連絡していたのだろう。大事な仕事に響いていないだろうか。私の心配をよそに、綾斗さんはニコッと微笑んだ。

「俺は大丈夫だって言ったろ。茉白こそ、無理するな」
「……少し怖いです」

正直に言うと、綾斗さんは黙ってうなずいた。

「意識がないなんて……、どんな状態なのかわからなくて……、最悪のことを考えたら……」
「考えすぎるな」
「でも……」
「今考えてもわかることはないだろう。病院について、それからだ」

少しぶっきら棒。凄く優しいわけではないが、突き放すわけでもない。でも、なんだかそれが落ち着いて来る。
ただ大丈夫だよという根拠のない慰めよりもずっといい気がした。
そうか、きっと……。

「……綾斗さんって慰めるのが下手なんですね」

ふふっと笑うと、綾斗さんは少しだけ目を細めて小さく笑った。

「やっと名前で呼んでくれたな」
「え……」
「仕事中は仕方ないが、プライベートの話の時も名前で呼ばなかっただろう」

さっきまでずっと専務と呼んでいた。綾斗さんはそれが引っかかっていたようだ。

「実家に行くんだ。名前で呼べ」
「はい……」

小さく頷いて窓の外に目をやる。だんだんと見慣れた景色に変わっていく。

距離を置こうとした。そのはずなのに、今はこうして隣にいてくれることがどうしようもなくありがたかった。

視察のことを忘れたわけではない。もしかしてこうしてついてきてくれるのも、違う意図があるのかもしれない。
でも今は、その痛みよりも隣にいてくれる事実が心強かった。




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