婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~
綾斗side~1~
椎葉に連れてこられたこの場所が、最初から好きではなかった。
俺は会場に入り、小さくため息をつく。
華やかな照明、甘ったるい香水の匂い、品定めするような視線が飛び交う空気。こういう場所は昔から苦手だ。
結婚を餌に人間を値踏みする場に、自分がいることへの違和感が拭えない。
「やっぱり、新しい出会いで気持ちを切り替えるのが大切なんだよな!」
隣で椎葉が上機嫌に言う。
「帰る」
「早い!!」
早くはない。そもそも来たくなかった。
椎葉の失恋に俺を巻き込むな、と思うが、あいつが落ち込んでいたのも事実だ。若干の罪悪感も感じる。
だから渋々付き合うことにしたが、正直、この場に一秒でも長くいたくなかった。
俺は見世物のパンダじゃない。
そう思うほど、周囲の女性たちがこちらを見ているのはわかっている。まぁ、慣れた話だが。
鬱陶しい視線を受け流しながら会場を見渡した時、ふと目が止まった。
あれは……。
会場の隅。一人で飲み物をすすっている女性がいた。
華やかな解呪の雰囲気に馴染もうとしているのかしていないのか……、微妙なラインで踏ん張っている。
場違いだと自覚しながら逃げ出さずにそこにいる、そんな背中だった。
……見覚えがある。あれは桃瀬……か。
広報部の社員だ。以前、メディア向けの取材に同行してもらった時に仕事をした。打ち合わせの時にも何度も会っているし話もしている。真面目で仕事が丁寧な印象がある社員だ。
社内でドレス姿を見る機会なんてないから一瞬分からなかったが、あの緩いアッシュブラウンの髪には見覚えがあった。
いつもとメイクも格好も違う。でも、一瞬で目が行った。
というか、なぜこんな場所に……?
そう思った瞬間、桃瀬がこちらを見た。視線がぶつかる。次の瞬間、彼女は慌てて目を逸らし、物陰に身を潜めた。
……なんだそれ。
思わず口元が緩みそうになるのを抑えた。
彼女も俺に気が付いたのだろう。気まずいのはわかるが、あの焦りようは少し笑えた。
小動物みたいだな。
その後、椎葉のあれこれを聞き流しながらも、気が付けば桃瀬の方を目で追っていた。
すると、髪が薄い中年の男が桃瀬に絡みついているのが見えた。桃瀬が困っているのにも遠目でわかる。
面倒だな……、と思った。
プライベートな時間だ。放っておけばいい。
そう思うのに、なぜか足は彼女の方へと向かっていく。
……いや、これは上司として当然の判断だ。上司として見過ごすわけにはいかない。
そう自分に言い聞かせながら、それがいいわけだと気がついたのはもう少し後のことだ。
「桃瀬」
声をかけると、彼女から反射的に変な声が返ってくる。
思わず眉が上がった。そんな声が上がるのか、この人は。
また口元が緩むのを抑える。
こんなところで何をしているのかと聞けば、気まずそうな苦笑いが返ってくる。
「なんと申しますか、……親孝行?」
「は?」
なんで疑問形なんだ? そもそも親孝行で婚活って?
理解ができない。
とりあえず、隣の男が邪魔だと思って退かせた。
カップリングのアナウンスが流れると、女性たちが一斉に動き出す。その時、誰かが桃瀬を押した。
「危ない!」
咄嗟に腕を掴む。引き寄せた時、ドレスに合わせたかのように柔らかい香りがした。思ったよりも近かった。
と、同時にわざと桃瀬を押した女に苛立ちを感じる。
ここに居る必要はないな。
「俺の番号を書け、俺もお前の番号を書く。これは命令だ」
耳元に顔を寄せてそう命じながら自分でも驚く。
不意に出た言葉だった。
こんなことをするつもりはなかった。ただ、すぐこの場所から抜け出す口実として好都合だとも思った。
……それだけだった。そのはずだった。
俺は会場に入り、小さくため息をつく。
華やかな照明、甘ったるい香水の匂い、品定めするような視線が飛び交う空気。こういう場所は昔から苦手だ。
結婚を餌に人間を値踏みする場に、自分がいることへの違和感が拭えない。
「やっぱり、新しい出会いで気持ちを切り替えるのが大切なんだよな!」
隣で椎葉が上機嫌に言う。
「帰る」
「早い!!」
早くはない。そもそも来たくなかった。
椎葉の失恋に俺を巻き込むな、と思うが、あいつが落ち込んでいたのも事実だ。若干の罪悪感も感じる。
だから渋々付き合うことにしたが、正直、この場に一秒でも長くいたくなかった。
俺は見世物のパンダじゃない。
そう思うほど、周囲の女性たちがこちらを見ているのはわかっている。まぁ、慣れた話だが。
鬱陶しい視線を受け流しながら会場を見渡した時、ふと目が止まった。
あれは……。
会場の隅。一人で飲み物をすすっている女性がいた。
華やかな解呪の雰囲気に馴染もうとしているのかしていないのか……、微妙なラインで踏ん張っている。
場違いだと自覚しながら逃げ出さずにそこにいる、そんな背中だった。
……見覚えがある。あれは桃瀬……か。
広報部の社員だ。以前、メディア向けの取材に同行してもらった時に仕事をした。打ち合わせの時にも何度も会っているし話もしている。真面目で仕事が丁寧な印象がある社員だ。
社内でドレス姿を見る機会なんてないから一瞬分からなかったが、あの緩いアッシュブラウンの髪には見覚えがあった。
いつもとメイクも格好も違う。でも、一瞬で目が行った。
というか、なぜこんな場所に……?
そう思った瞬間、桃瀬がこちらを見た。視線がぶつかる。次の瞬間、彼女は慌てて目を逸らし、物陰に身を潜めた。
……なんだそれ。
思わず口元が緩みそうになるのを抑えた。
彼女も俺に気が付いたのだろう。気まずいのはわかるが、あの焦りようは少し笑えた。
小動物みたいだな。
その後、椎葉のあれこれを聞き流しながらも、気が付けば桃瀬の方を目で追っていた。
すると、髪が薄い中年の男が桃瀬に絡みついているのが見えた。桃瀬が困っているのにも遠目でわかる。
面倒だな……、と思った。
プライベートな時間だ。放っておけばいい。
そう思うのに、なぜか足は彼女の方へと向かっていく。
……いや、これは上司として当然の判断だ。上司として見過ごすわけにはいかない。
そう自分に言い聞かせながら、それがいいわけだと気がついたのはもう少し後のことだ。
「桃瀬」
声をかけると、彼女から反射的に変な声が返ってくる。
思わず眉が上がった。そんな声が上がるのか、この人は。
また口元が緩むのを抑える。
こんなところで何をしているのかと聞けば、気まずそうな苦笑いが返ってくる。
「なんと申しますか、……親孝行?」
「は?」
なんで疑問形なんだ? そもそも親孝行で婚活って?
理解ができない。
とりあえず、隣の男が邪魔だと思って退かせた。
カップリングのアナウンスが流れると、女性たちが一斉に動き出す。その時、誰かが桃瀬を押した。
「危ない!」
咄嗟に腕を掴む。引き寄せた時、ドレスに合わせたかのように柔らかい香りがした。思ったよりも近かった。
と、同時にわざと桃瀬を押した女に苛立ちを感じる。
ここに居る必要はないな。
「俺の番号を書け、俺もお前の番号を書く。これは命令だ」
耳元に顔を寄せてそう命じながら自分でも驚く。
不意に出た言葉だった。
こんなことをするつもりはなかった。ただ、すぐこの場所から抜け出す口実として好都合だとも思った。
……それだけだった。そのはずだった。