婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~
デスクに戻ると、隣の席の先輩が少し興奮気味に声をかけてきた。
「桃瀬さんにお客さんが来ているわよ」
「え…?」
「はい、これ伝言。あんなイケメンとどこで知り合ったのよ」
先輩から渡されたメモを見ると、『ロビーで待つ 椎葉』とあった。
椎葉って……、綾斗さんの友達の? この前、撮影に来ていたデザイナーさんだよね? どうして私に用があるんだろう……。
事前のアポの予定はなった。少し不安になりながらも私は席を立ち、エレベーターで下へと降りる。
ロビーへ行くと、確かに背の高いイケメンが入口の所に立っていた。
何気に周囲の注目を浴びているのは気のせいだろうか……。なんだか声をかけるのをためらう。
すると、先に椎葉さんが私を見つけて声をかけてきた。
「あ、こっちこっち」
「あ……、お待たせしました。先日はお世話になりました」
「こちらこそ! PR動画、評判がいいみたいだね」
「お陰様で。あの、今日はどういったご用件でしょうか?」
仕事の要件だろうか。そう思ったが、彼からは意外な言葉が降ってきた。
「ねぇ、茉白ちゃん。ちょっと今いいかな?」
「あ、はい……」
フランクな呼び方に、仕事の話ではないと直ぐにピンときた。
綾斗さんのことかな……。何だろう。
でも、こうして訪問してくれたのだから無下に断るわけにはいかない。
椎葉さんに連れてこられたのは、会社内に併設されているカフェテリアだった。椎葉さんは頼んだコーヒーを一口飲むと、屈託のない笑顔で言った。
「想像はついていると思うけど、綾斗のことなんだ」
「……はい」
「最近様子がおかしい。仕事に身が入ってなくて、ずっと資料の同じところを見ているって真田さんから聞いた」
「そうですか……」
「何かあった?」
目の前のイケメンは可愛らしく首をコクンと傾げる。
笑顔で圧をかけてくるあたりが、タイプは違うけど綾斗さんの友人なのだなとなんとなく納得してしまった。
「……別に何も」
「あいつがさ、そんな風になるのって初めてなんだってさ。俺もさすがに気になって本人と会ったけど、あれは……」
椎葉さんは思い出すように視線を上にし、ふっと笑った。そして私に視線を戻す。じっと見てくるので今度は私が目を逸らす番だった。
「……あいつも素直じゃないからな。君も」
「私も?」
「ああ、何かあったかなんてバレバレ」
「……」
鋭い。さすがは綾斗さんの友人。
「顔に書いてあるよ。喧嘩でもした?」
「専務に何か聞いたんですか?」
「いや。でも俺はあいつと中学の時からの付き合いでね。あいつがここまで女性にこだわって気にしているの、見たことがなかったから。何かあるとしたら君とだしね」
椎葉さんはニコッと笑う。憎めない笑顔だ。
「船上での婚活パーティーでは驚いたよ。会場に入った時から、あいつは茉白ちゃんを見つけていた」
「え……? 会場に入った時から?」
「ああ。すぐに誰かをずっとチラチラ見ててさ。あいつは自覚ないと思うけど、横にいる俺はすぐ分かった。そんで、その視線の先にいたのは君だった」
ピッと指を指されてドクンと心臓が跳ねた。
私をずっと目で追っていた? 途中で目があったのだとばかり思っていたけど……。
綾斗さんに気にされていたなんて思わなかった。
「何があったのかは知らないけど、綾斗は自分の気持ちに鈍いんだ。仕事一辺倒だったからね。自覚するのに時間がかかる。でも、一度自覚したら真っすぐな奴なんだ。だから、茉白ちゃんも」
「私も?」
「あいつから逃げないでほしい」
少し悲しそうに微笑む椎葉さんに、私は小さく頷いた。
「皆さん、優しいんですね」
真田さんも椎葉さんも。
こうも周りに言われては、逃げるわけにはいかなくなってくる。
まだ間に合うだろうか?
そんな気持ちがわいてくるのだ。綾斗さんと話がしたい、そう思った。