婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~
金曜日の夜、私は穂乃果と待ち合わせをした。
会社から離れているので心配はないだろうけど念のため個室を選ぶ。できれば会社の人に聞かれたくはないからね。
まずはビールで乾杯すると、穂乃果はグビッと飲んでジト目をしながら少し低い声で呟いた。
「聞いてないんだけど?」
「はい。あの……、その件に関しましては本当に申し訳なかったと言いますか……」
迫力に負けて思わず敬語になりながら背筋を正す。
「一言連絡くれてもいいじゃない?」
「本当にごめん」
「浮かれていたんだろうね」
「仰る通りで」
そう、完全に浮かれていた。なので穂乃果に報告をすっかり忘れていたのである。
肩を落として小さくなっていると、穂乃果は仕方ないなと言う風に苦笑した。
「おめでとう、茉白」
「ありがとう。本当に報告遅れてごめんね」
「いいって。それだけ今幸せってことでしょう」
「うん」
私は照れ笑いを浮かべる。
綾斗さんは忙しいからそう毎日は会えないけどその代わり寝る前の電話は必ずしている。仕事中は無表情でクールな綾斗さんだが、すれ違う一瞬、微かに微笑んでくれるのが嬉しい。
「でも真田さんが側にいるのは不安にならない?」
穂乃果は気遣うような目線を送りながらそう聞いてきた。
真田さんはあれから変わりなく綾斗さんの秘書として働いている。だがしかし……。
「年始には社長秘書になるみたい」
「え!? 異動するってこと?」
「うん」
昨日、電話で綾斗さんから聞いたばかりだ。実は以前から異動の希望が出ていたらしいが、移動先の枠がなく保留にされたままだったという。それが、年末で現在の社長秘書が退職するので、真田さんがそこに異動することが決まったというのだ。
「前から希望出していたんだ……。彼女なりに専務の側は苦しかったのかもね、いろんな意味で」
「そうなのかも……」
彼女は綾斗さんが振り向いてくれないことに気が付いていた。最初は側で支えるだけでも良かったが、次第にそれも辛くなってしまったのかもしれない。極めつけは私という恋人ができてしまったわけだし……。
「あ、申し訳ないとか考えているでしょ」
「だって……」
「茉白が恋人になる前から異動希望出していたんだから、いつかはこうなっていたのよ。そこに茉白が罪悪感を感じる必要はないの。しかも社長秘書なんて秘書課の最高峰じゃん。真田さんの実力が認められたんだよ。そこは祝ってあげなきゃ」
「そうだね……」
確かに穂乃果の言う通りだ。
社長秘書は秘書課の中でもトップの人間がなれると言われている。そこに選ばれるということは、彼女の実力や努力が認められたということ。私のせいで……と思うのはおこがましいのかもしれない。
「それより、候補地の件はどうなったの?」
「あ……、うん。詳しいことはわからないけど、まだ建設予定地は決定していないみたい」
「実家は旅館でしょ? もし建設予定地に決定したら茉白の実家の経営にも大きく関わってくることだし、ちゃんと専務と話し合った方が良いよ」
「そうだね……」
そうなんだよね。視察はしていたけど、それからどうなったかは聞いていなかった。何となく聞きそびれたというか……。
明日合う約束をしているから、聞いてみようかな。