婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~
週末。
私は綾斗さんの家へと向かった。オートロックのインターホンを鳴らすと、綾斗さんが中から開けてくれた。
広いエレベーターに一人で乗りながら、そっと胸を抑える。未だにこの高級マンションに来るのはドキドキしてしまう。
玄関を開けると出迎えてくれた綾斗さんがそっと私を抱きしめた。
「充電させて」
そう言って私の肩におでこを乗せる。私はそっとその広い背中に腕を回した。
昼まで仕事だったらしく、少しお疲れの様子だ。
実は昨日それを聞いて、今日会うのは止めておこうと伝えたのだ。専務は忙しく、本来の休みの日まで接待やら残務やらで駆り出されている。それを知っているからこそ、たまにはのんびり一人で過ごしてほしかった。
しかし、「茉白が側にいる方が休まる」とか言って綾斗さんは絶対に譲ろうとしなかったのだ。だから私が綾斗さんの家に訪問しておうちデートにしたのである。
そういう所、可愛いって思ってしまう。
「建設予定地?」
綾斗さんはコーヒーを目の前のローテーブルに置きながら、ソファーに座る私の隣に腰かけた。
「はい。あれからどうなりましたか……?」
全体に通知前なので、本来なら私のような一社員が聞いていい内容ではないのかもしれないけれど。自分の実家にも関わることだからどうしても知りたかった。
「ああ……。結論から言うと、茉白の地元は候補地から外れた」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ」
もしかして……、綾斗さんが色々と配慮してくれたとか……? 私のために? それって綾斗さん的には大丈夫なの……?
私の顔色を見て、綾斗さんはハッとしてから慌てて首を横に振った。そして。
「いや、茉白の実家だからとかじゃなくて……。ああ、まぁそれも多少配慮はしたけれど、決定的な部分は違うんだ」
「というと?」
綾斗さんは経営者の顔つきになって私を見た。
「担当者とも相談したが、ホテルを建設する場所の温泉の流れや地形や地盤などが今回のホテルのコンセプトとそぐわないと総合的に判断されたんだ」
もし、ホテルを建設するとしたらもう少し山側になる。調べた結果、そこの場所は温泉量が思ったよりも少ないかもしれないという。また他の候補地に比べ、目玉になる観光地も遠いので候補から外れたらしい。
「ただ、茉白の地元は温泉街なのでビジネス的には活用することができる。例えば、ブライダル説明会に来たカップルに、オプションとして良家挨拶の場所としての提供や両親と独身最後に行く旅行場所として紹介することができる。そのために会社として町おこしに協力しようと思っている」
「町おこし!?」
そう言えば、以前町おこしはしているのかと聞かれたことがあった。
予算上、大掛かりな町おこしは出来ず、祭り程度になってしまうと伝えていたが……。もし会社が協力してくれるなら何かできるかもしれない。
「それはすごく有難いです。でも、なんでそこまで……?」
私情が挟まれているのではと不安になったが、綾斗さんは苦笑する。
「何度か泊まって、あそこの町がただ廃れていくのはもったいないと感じたんだ。いい町だし、やり方次第ではいいように導くことができる。上手くやればビジネスになるってね。もちろん、茉白の地元だからと言うだけではないし、当然うちの会社にも利益が出るようにする」
「綾斗さん……」
地元を残すだけではなく、発展にまで力を貸してもらえるなんて……。
私は深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「いいえ。もちろん、茉白も広報として上手く宣伝してもらうよ。君たちの手腕にかかっているからな」
「はい!」
大きく頷くと、綾斗さんはふっと表情を緩めて私を抱きしめた。
「嬉しい?」
「もちろんです」
「じゃあ、褒めてくれ」
「え?」
びっくりして目を丸くする。私の肩に頭を乗せた綾斗さんの表情は見えない。綾斗さんがどこか甘えたような声を出すなんて珍しいことだ。
「茉白に褒められたい」
「綾斗さんっ……」
かっ、可愛い!! 仕事ではあんなにクールなのに、こんな風に甘えてくるなんて母性本能をくすぐるどころの話ではない。
胸がキュンキュンして止まらなくなる。
「綾斗さん、凄いです! 頑張りましたね!」
褒めながらギュッと抱きしめると、綾斗さんがふっと笑い強く抱きしめ返してきた。
すると、綾斗さんは唇を私の耳元に寄せる。
「じゃあご褒美タイムだな」
その声は低く甘く、獰猛な野獣を思わせる響きを含んでいた。
「えっ? きゃあ!!」
あっという間に私を抱きかかえると、不敵な笑みを私に向けた綾斗さんは足元軽やかに寝室へと向かったのだった。