婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~
デスクに座っても、すぐにはパソコンを立ち上げられなかった。頭の中で何度もエントランスのやり取りが再生される。

――俺に任せておけって、なに。

凄く頼りになる言い方にドキッとしてしまった。

しかもその言葉に少し安心してしまった自分がいる。
普段からの仕事ぶりを見て頼りになる人だとわかっているから、尚更そう感じてしまうのかもしれない。

要は引っ張って行ってくれる感じに弱いってことなのよね。私って単純……。

心がかき乱され、困惑からため息が出る。

しかも名前呼びなんて不意打ち過ぎるでしょう。身内以外の男性から名前で呼ばれることなんてそうないし……。
なんだか胸がソワソワする。

ああ、だめだ、仕事しなきゃ。集中しないと。

ようやくパソコンの電源を入れた、その時。

「ねぇ、桃瀬さん」

隣の席の先輩が、ニヤニヤしながら軽く肘で突っついてきた。

「さっき、藤宮専務と一緒だったよね?」
「えっ!? あ、あれは偶然です。エントランスで会ったので……」

見られていたことにドキッとしながらそう答えると、先輩は「ええ~?」と疑う声を出した。

「本当に? タイミングよすぎでしょう。なんだか距離が近く見えたし……。ていうか、専務が秘書以外の誰かと話しながら入ってくるの初めて見たよ。何話していたの?」

先輩の声に、周囲の視線がじわじわと集まってくるのが分かった。冗談めかした声なのに、好奇心たっぷりで逃げ場がない。
名前で呼ばれたのは聞かれていないようで少し安心する。

「……本当に何もないですから」

苦笑いをして仕事に取り掛かる。仕事モードに入った私を見て、先輩も諦めたように仕事を再開していた。

何もないわけじゃないけど……、一日限定の婚約者になってもらっただなんて口が裂けても言えない。

やっぱり、断ったほうが良い気がする。
そう思っていると、スマホに藤宮専務からメッセージが届いた。

「あ……」

思わず小さく声が漏れる。

『金曜の夜、ここに来て』

短いメッセージと共にお店のURLが送られてきた。

ここは……。

私の予定を聞かないところがなんだか少し悔しい。元から金曜の夜に予定がないと見抜かれているようだ。

……まぁ、本当にないんだけど。

私は短く『承知致しました』とだけメッセージを返した。




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