部長と私の秘め事
「あなたは私を気に掛けて、ずっと陰から守ってくれていました。第三者から見れば、ストーカーだと言われるかもしれないし、私と恵の入社方法を快く思わない人もいるでしょう。でも悪意があっての事じゃなかったし、他の社員にはバレてない」
開き直った考え方だけれど、もう入社四年目にもなれば仕方ない。
「秘密は、バレなければいいんです」
声を潜めて言うと、彼は「……だな」と笑った。
「私、傷付いた尊さんが私を求めてくれたと知って、とても嬉しかったんです。言ったでしょう? あなたに愛されるならどんな理由だっていいの。それに昔の事をどうこう言っても、今を変えられるわけじゃないです。私がドン引きして『ストーカーキモい』って言ったら、尊さんは私を手放せるんですか?」
私は挑発しておきながら、祈りを込めて彼を見つめた。
――手放すなんて絶対に言わないで。
――あなたは私から離れられない。
――だって私が離さないもの。
確信しているからこそ、私はある種の賭けでそう尋ねた。
「無理だ。お前を失ったら生きていけない」
即答した尊さんの答えを聞いて、私の胸の奥にトロリとした愉悦がこみ上げる。
「でしょう? 私も一生離してあげません」
私は両手で尊さんの頬を包み、額と額をつける。
すると彼は私を優しく抱き締め、そのまま黙って身を寄せ合った。
やがて私は少し顔を離し、気になっていた事を尋ねる。
「……宮本さんっていう人に、まだ未練あります?」
「まったくない。もう十年近く経ったし、あいつだってどこかで家庭を持ってるだろ」
「なら良かった」
私は息を吐き、尊さんを抱き締める。
「色々女性関係があったみたいだけど、宮本さんだけは特別だったみたいだから、ちょっと妬いちゃった」
「俺がこんなにストーキングしたのは、お前だけなんだから、自信持ってくれ」
そう言って、尊さんはちょいちょいと私の顎の下をくすぐってきた。
『お前だけ』という言葉が嬉しくて、私は猫のように彼の手に頬を擦りつける。
「……見守るだけと決めたはずなのに、誓いを自分で破っちまったな……」
尊さんは悲しげな、けれど愛しげな目で私を見て、頬を撫でてくる。
「だから、責任を取るためにも一生大切にする」
「はい」
今なら、尊さんが『幸せになりたい』と言っていた言葉の重みが分かる。
――だから、絶対に私が幸せにする。
私は胸の奥で決意し、彼に笑いかけた。
「あんまり気にしないでくださいよ。もし申し訳ないと思っていても、今日全部懺悔したのでOKです」
私がケロッとして言ったからか、尊さんは不思議そうに目を瞬かせる。
「罪悪感って一人で抱え込むから重たくなるんだと思います。前に尊さんは、私を満足させられなかった昭人にも非はある、って言ったじゃないですか」
彼は小さく頷く。
「私、口では『自分が悪い』って言っていましたが、本当は誰かに『お前は悪くない』って言ってほしかったんです。だから、尊さんの言葉を聞いて気持ちが楽になりました」
言ってから、私は彼に笑いかける。
「だから尊さんが楽になるなら、私は何度だって言います。『全然気にしてないから、申し訳なく思うだけ無駄』! 無駄でーす!」
私はパーン! と両手で尊さんの肩を叩き、さらにバシバシと叩く。
するとようやく彼は苦笑いした。
「いてーよ。酔っ払いの絡みか」
「シラフでも絡みますよ! あと、『責任取るために幸せにする』じゃなくて、『私の事を好きだから幸せにしたい』って思ってくださいね」
気になっていた事を言うと、尊さんはクシャリと笑った。
「その言う通りだ。……お前の事を愛してるから、一緒に幸せになりたい」
最高のプロポーズを受けた私は、満足げに笑って彼の頬にキスをした。
「尊さんはちょっとふてぶてしいぐらいが丁度いいですよ。私はそんなあなたを好きになったんですから」
「ん……、ありがと」
私たちはまた抱き合い、互いを優しく抱き締める。
幾重にも折り重なった私たちの物語を知ったあとは、〝現実〟が立ちはだかっている。
「怜香さんが捕まったた今、私たちの結婚に反対する人はいなくなったと思います。……でもそれだけじゃ済みませんよね」
気になっていた事を言うと、彼は真剣な表情で頷く。
「ああ、あいつがやらかした事がニュースになれば、篠宮ホールディングスの株価は大暴落、バッシングされるだろう。母が社長の不倫相手と知られれば、父が叩かれるのは勿論、俺が婚外子である事も明るみになり、渦中の人となる」
私はこれから訪れる事を想像し、ギュッと尊さんの手を握った。
「側にいますし、支えます」
「ありがとう。……これから祖父さんや父も含め、役員たちが火消しに奔走するだろう。騒ぎが収まるまでは静かにしていたほうがいい。結婚式を挙げるまでは時間が掛かるし、式場や招待客なども決まってない。会社では今まで通り上司と部下を通して、ほとぼりが冷めた頃に式を挙げよう。何もこっちから周りを刺激する必要はないから」
「はい」
亘さんは特に大変な思いをするだろうけど、彼がすべての元凶でもあるんだから、しっかり責任を取ってほしい。
「……尊さんは大丈夫ですか?」
「ん?」
「今まで〝速水部長〟として過ごしてきたのに、実は社長の息子とか、社長夫人にお母さんと妹さんを殺されたとか……、噂の的になるでしょう」
「んー、ストレス耐性は強いからな。まったくダメージを負わない訳じゃないけど、俺には朱里がいる。それに糾弾されるべき〝悪〟は俺じゃないしな。むしろ、うまく立ち回れば俺は被害者の側で済むと思うけど」
そこまで言って、尊さんはニヤリと笑う。
「親父は下手すれば辞任だな。後釜には風磨がつくかもしれねぇし、若すぎるって声が出たら他の役員が社長になるだろう。不祥事があっても篠宮ホールディングスはでけぇ会社だから、倒産の心配はない。今後の方針は上層部……、祖父さんたちの話し合い次第だな」
「お祖父さんって……、名誉会長?」
尋ねると、尊さんは鼻で笑う。
「そ、定年のない妖怪。死ぬまで会社から金をもらってるから、そりゃあ優雅なもんだよ。それも年収何千万の世界だ」
「ひえ……」
まさか定年なしに大金をもらっている人がいると思わず、私は目を見開く。
「妖怪は親父よりずっと権力を持ってる。そいつらから見れば、親父なんてただの駒だ。あいつが辞任しても会社は困らないし、火消しができるなら喜んで辞任させるだろ。それで子会社かどこかに新しいポストを用意するんだよ」
「うわぁ……。天上人の闇……」
ドン引きして言った時、部屋のチャイムが鳴った。
開き直った考え方だけれど、もう入社四年目にもなれば仕方ない。
「秘密は、バレなければいいんです」
声を潜めて言うと、彼は「……だな」と笑った。
「私、傷付いた尊さんが私を求めてくれたと知って、とても嬉しかったんです。言ったでしょう? あなたに愛されるならどんな理由だっていいの。それに昔の事をどうこう言っても、今を変えられるわけじゃないです。私がドン引きして『ストーカーキモい』って言ったら、尊さんは私を手放せるんですか?」
私は挑発しておきながら、祈りを込めて彼を見つめた。
――手放すなんて絶対に言わないで。
――あなたは私から離れられない。
――だって私が離さないもの。
確信しているからこそ、私はある種の賭けでそう尋ねた。
「無理だ。お前を失ったら生きていけない」
即答した尊さんの答えを聞いて、私の胸の奥にトロリとした愉悦がこみ上げる。
「でしょう? 私も一生離してあげません」
私は両手で尊さんの頬を包み、額と額をつける。
すると彼は私を優しく抱き締め、そのまま黙って身を寄せ合った。
やがて私は少し顔を離し、気になっていた事を尋ねる。
「……宮本さんっていう人に、まだ未練あります?」
「まったくない。もう十年近く経ったし、あいつだってどこかで家庭を持ってるだろ」
「なら良かった」
私は息を吐き、尊さんを抱き締める。
「色々女性関係があったみたいだけど、宮本さんだけは特別だったみたいだから、ちょっと妬いちゃった」
「俺がこんなにストーキングしたのは、お前だけなんだから、自信持ってくれ」
そう言って、尊さんはちょいちょいと私の顎の下をくすぐってきた。
『お前だけ』という言葉が嬉しくて、私は猫のように彼の手に頬を擦りつける。
「……見守るだけと決めたはずなのに、誓いを自分で破っちまったな……」
尊さんは悲しげな、けれど愛しげな目で私を見て、頬を撫でてくる。
「だから、責任を取るためにも一生大切にする」
「はい」
今なら、尊さんが『幸せになりたい』と言っていた言葉の重みが分かる。
――だから、絶対に私が幸せにする。
私は胸の奥で決意し、彼に笑いかけた。
「あんまり気にしないでくださいよ。もし申し訳ないと思っていても、今日全部懺悔したのでOKです」
私がケロッとして言ったからか、尊さんは不思議そうに目を瞬かせる。
「罪悪感って一人で抱え込むから重たくなるんだと思います。前に尊さんは、私を満足させられなかった昭人にも非はある、って言ったじゃないですか」
彼は小さく頷く。
「私、口では『自分が悪い』って言っていましたが、本当は誰かに『お前は悪くない』って言ってほしかったんです。だから、尊さんの言葉を聞いて気持ちが楽になりました」
言ってから、私は彼に笑いかける。
「だから尊さんが楽になるなら、私は何度だって言います。『全然気にしてないから、申し訳なく思うだけ無駄』! 無駄でーす!」
私はパーン! と両手で尊さんの肩を叩き、さらにバシバシと叩く。
するとようやく彼は苦笑いした。
「いてーよ。酔っ払いの絡みか」
「シラフでも絡みますよ! あと、『責任取るために幸せにする』じゃなくて、『私の事を好きだから幸せにしたい』って思ってくださいね」
気になっていた事を言うと、尊さんはクシャリと笑った。
「その言う通りだ。……お前の事を愛してるから、一緒に幸せになりたい」
最高のプロポーズを受けた私は、満足げに笑って彼の頬にキスをした。
「尊さんはちょっとふてぶてしいぐらいが丁度いいですよ。私はそんなあなたを好きになったんですから」
「ん……、ありがと」
私たちはまた抱き合い、互いを優しく抱き締める。
幾重にも折り重なった私たちの物語を知ったあとは、〝現実〟が立ちはだかっている。
「怜香さんが捕まったた今、私たちの結婚に反対する人はいなくなったと思います。……でもそれだけじゃ済みませんよね」
気になっていた事を言うと、彼は真剣な表情で頷く。
「ああ、あいつがやらかした事がニュースになれば、篠宮ホールディングスの株価は大暴落、バッシングされるだろう。母が社長の不倫相手と知られれば、父が叩かれるのは勿論、俺が婚外子である事も明るみになり、渦中の人となる」
私はこれから訪れる事を想像し、ギュッと尊さんの手を握った。
「側にいますし、支えます」
「ありがとう。……これから祖父さんや父も含め、役員たちが火消しに奔走するだろう。騒ぎが収まるまでは静かにしていたほうがいい。結婚式を挙げるまでは時間が掛かるし、式場や招待客なども決まってない。会社では今まで通り上司と部下を通して、ほとぼりが冷めた頃に式を挙げよう。何もこっちから周りを刺激する必要はないから」
「はい」
亘さんは特に大変な思いをするだろうけど、彼がすべての元凶でもあるんだから、しっかり責任を取ってほしい。
「……尊さんは大丈夫ですか?」
「ん?」
「今まで〝速水部長〟として過ごしてきたのに、実は社長の息子とか、社長夫人にお母さんと妹さんを殺されたとか……、噂の的になるでしょう」
「んー、ストレス耐性は強いからな。まったくダメージを負わない訳じゃないけど、俺には朱里がいる。それに糾弾されるべき〝悪〟は俺じゃないしな。むしろ、うまく立ち回れば俺は被害者の側で済むと思うけど」
そこまで言って、尊さんはニヤリと笑う。
「親父は下手すれば辞任だな。後釜には風磨がつくかもしれねぇし、若すぎるって声が出たら他の役員が社長になるだろう。不祥事があっても篠宮ホールディングスはでけぇ会社だから、倒産の心配はない。今後の方針は上層部……、祖父さんたちの話し合い次第だな」
「お祖父さんって……、名誉会長?」
尋ねると、尊さんは鼻で笑う。
「そ、定年のない妖怪。死ぬまで会社から金をもらってるから、そりゃあ優雅なもんだよ。それも年収何千万の世界だ」
「ひえ……」
まさか定年なしに大金をもらっている人がいると思わず、私は目を見開く。
「妖怪は親父よりずっと権力を持ってる。そいつらから見れば、親父なんてただの駒だ。あいつが辞任しても会社は困らないし、火消しができるなら喜んで辞任させるだろ。それで子会社かどこかに新しいポストを用意するんだよ」
「うわぁ……。天上人の闇……」
ドン引きして言った時、部屋のチャイムが鳴った。