部長と私の秘め事
 年齢は三十歳で、学生時代は柔道をやって全国大会に行ったツワモノだ。

 でも体を痛めて志半ばに諦めたあとは、普通に就職する道を選んだらしい。

 それまではスポーツ推薦で人生を進んでいたから、柔道を辞めた時はちょっと荒れたらしい。けど今はまじめに仕事に取り組んで係長にまで昇進した。

 ときどき体育会系ノリが暑苦しいけど、基本的に悪い人ではないと思ってる。

 ……ただ、係長に飲みに誘われる事が多くて、ちょっと鬱陶しく思ってはいる。

 でも思い返せば、係長にしつこく誘われてる時、さりげなく尊さんが助けてくれていた。

 いつものやる気があるんだか、ないんだか分からない調子で、『おーい、それ以上誘うとセクハラになるぞ~』と棒読みで言い、係長をビビらせていた。

 彼はいつも〝頼れる係長〟オーラを出して話しかけてくる。

 多分、柔道をやってた時は後輩に好かれてたんだろうけど、体育会系のノリで接されても戸惑ってしまう。

 三課の飲み会で鍋屋さんに行った時も、『皆で同じ鍋をつついたら仲間だ』みたいな事を言っていたので、なんとなくそういうノリが嫌だった。

「ありがとうございます。帰ってオーブンで温めて食べます」

 お礼を言うと、係長は「おう」と笑い、手で〝飲む〟ジェスチャーをする。

「十九日に新年会を開く予定だけど、来るよな?」

「あ……、はい。多分」

 ……この、『来るよな?』と、行く前提で尋ねてくるのもちょっと……。

「『多分』なんて言わないでくれよ~。上村がくるの楽しみにしてるんだから。あっ、そうだ! 来月のバレンタインも楽しみにしてる!」

「係長、うちの会社は義理チョコ廃止のはずです」

 恵が冷静に突っ込みを入れてくれる。助かった……。

「えー? でも女子社員同士で友チョコあげてるし、こっそり渡してる奴もいるだろ」

「だからってせびるのはナシです。経済的負担にも繋がりますし、強要するのよくないです」

 恵よ、よくぞビシッと言ってくれた。

「中村は相変わらず厳しいなぁ~」

「朱里のオカンですから。はいはい、他の人にもお餅ばらまいてください」

 恵が塩対応すると、係長はしぶしぶ他のデスクに向かった。

「……はぁー……。熱烈……。係長、黙ってたら爽やかイケメンで通るのに、口開いたら残念だよね……」

 綾子さんが辟易として言う。

「悪い人じゃないんですけどね」

 ボソッと言うと、綾子さんがポンポンと頭を撫でてきた。

「そうやってなあなあにしてると、いつか痛い目を見るからね。上村さんはしっかりしてるようで、肝心なところは抜けてそうだから」

 そこまで言った時、綾子さんは部長室から出てきた尊さんを見て、ワントーン高い声を上げた。

「速水部長~! これ、チョコレートどうぞぉ~!」

 尊さんは野暮用があったみたいだけど、綾子さんに話しかけられて「ん?」と立ち止まっていた。

「綾子さん、今日も絶好調だなぁ……」

 ボソッと呟くと、恵がクスッと笑う。

「速水部長、何気にモテるもんね。気になる?」

「ん? あ、やー……」

 そう尋ねられると、現状なんとも言えず、言葉を濁すしかなくなる。

「そういや、来月バレンタインか~、早いね」

 話題を変えると、恵は疑わず「そうだね」と頷いた。

「今年も気合いの入った友チョコ選ぶから」

「私も」

「そんで期間限定チョコメニューのヌン活な」

「それ」

 クスクス笑いながらチラッと尊さんを見ると、綾子さんと仲のいい女性社員も集まって、彼の周りに輪ができていた。

 気になるけれど、そっちばかり見ていたら「部長を気にしてる?」と思われてしまうから、努めて無視だ。

 ちょっと前まで『部長なんて大嫌い』と公言していたのに、急に気にし出すなんてキャラ変はできない。

 尊さんも必要最低限しか話しかけてこないし、私もできるだけツンツン対応している。

 ――本当は付き合っているのに、会社では嫌いなふりをしなきゃいけないって、何なんだろう?

 あまりに謎すぎて、考えていると宇宙猫みたいな顔になってしまう。

 そんなふうに過ごしながら、水、木曜日とバタバタするうちにすぐ金曜日になった。
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