部長と私の秘め事
「探したんだぞ。どこへ……」

 歩み寄ってくる亮平はすぐ尊さんに気づき、彼が〝誰〟なのか、ピンときたらしい。

 亮平が複雑な表情で固まっていると、尊さんは微笑んで挨拶をした。

「初めまして。朱里さんのお兄さんの亮平さんですね。私は彼女とお付き合いしております、速水尊と申します」

「あ……、ああ、初めまして。上村亮平と申します」

 亮平は尊さんに喧嘩を売られると思っていたのに、意外にも明るく挨拶されて調子を崩している。

 私も一瞬心配してしまったけれど、やっぱり尊さんは大人だ。

 彼はその場の感情で突発的に行動しない。

 怜香さんに鍛えられた鋼のメンタルがあるから、亮平ごときでは動じない。……のだと思う。

 内心ムカついてはいるだろうけど、彼はそれを表に出さない大人だ。

「今日、朱里さんからは『実家に向かう』と窺っていました」

 それを聞き、亮平の顔が強張る。

「彼女はご家族に『結婚しようと思う』と伝えると言っていましたが、きっと緊張していたと思います。急とはいえ、お義兄さんに横浜まで連れてもらって、息抜きになったんじゃないでしょうか」

 うおおう……。尊さん、すっごいギリギリのところを攻めてる。

 彼は亮平が自分の一存で横浜に来たのを「分かっていますよ」と暗に伝えながら、それを直接責めずにフォローしている。

 ……なんというか、京都人の「おたくの息子さんのピアノ、上手ですねぇ」(意訳:ピアノがうるさいんですけど)に似ている。

 亮平も言われた内容を理解したようで気まずい顔になり、一瞬にして尊さんは優位に立った。

 もしも尊さんが気の短い人なら、義兄になる人でも「心配させんなゴラァ!」となっていたかもしれない。

 そこまでいかなくても、普通なら険悪な雰囲気になってもおかしくない。

(心配して電話を掛けてくれたのに、出た瞬間、亮平が取り上げて切ったもんなぁ……)

 心の中で呟いた時、私は亮平にスマホをとられたままなのを思いだした。

「あっ! スマホ返して!」

 慌てて手を突き出すと、亮平はコートのポケットに入れていたスマホを返してくれた。

 危ない……。忘れていた訳じゃなかったけど、忘れるとこだった。

 尊さんは私がスマホをポケットに入れるのを確認してから、亮平にニコッと笑いかけた。

「飯、食いましたか?」

「いや……」

「じゃあ、三人でどうです? もう昼過ぎですし、中華街に来ておいて何も食べずに帰るのは勿体ないので」

 攻めるなぁ!

 私はびっくりして尊さんを見るけれど、彼は悠然と微笑んだままだ。

 動じていない彼は「俺に任せておけ」と言っているみたいで、そんな態度をとられたら逆らう気持ちもなくなる。

(尊さんが一緒なら怖くない。……むしろ尊さんがなんとかしてくれるなら、頼りたい)

 彼がノープランでこんな提案をしたと思えないし、『攻撃こそ最大の防御だ』って言われている気がする。

「……分かりました」

 少しの間呆けていた亮平は、しぶしぶ了承する。

「じゃあ行きましょうか。好きな料理ありますか? 俺は点心が食いたいですね」

「私は小龍包食べたい」

 私はすかさず自分の希望を言う。

「亮平さんは?」

 尊さんは私の手を握り、亮平との間を歩く。

 もうその態度からバッチバチなんだけど、あくまで物腰柔らかだ。

 これが大人の戦い方なのかな。……というより、場合によってはこっちのほうが怖いかも。

「あー……、麺類、かな。麻婆豆腐も……」

「あっ、麺! 私、あれがいいな。あれ」

 とっさに名前が出てこず、私はシュッシュッシュ、と何かを削るジェスチャーをする。

「刀削麺か?」

 尊さんに言われ、私はうんうんと頷く。

「そう! それ! 食べてみたかったけど、機会がなかったので」

「じゃあ、刀削麺のある店を探しましょうか。他の中華は大体あると思うので」

「いいですよ」

 その提案に亮平は大人しく従い、尊さんがスマホでお店を検索したあと、三人でお店のあるほうへ歩き始める。

「こうやって二人で中華街に来るって事は、兄妹仲はいいんですか?」

 尊さんが笑顔でぶっ込み、私は思わず横を向いて「うわぁ……」と顔を強張らせる。

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