部長と私の秘め事
「悪い。何が恥ずかしい事なのか分からない。茶化す必要があると思えねぇし」

 けれどスッパリと言われ、「あ……」と自分の心につけられた傷を思い知った。

「…………昭人に、体調悪い時に生理って言ったら、『そういう事、恥ずかしいし気まずくなるから男の俺に言わないでくれる? 羞恥心ないの? 女失格』って言われたんです。その上、デートを断ったものだから『生理()なら仕方ないよな』って言われて、…………だから、男性に生理の事を口にできなくなって……」

 私が言った事の理由を知った尊さんは、大きな溜め息をつき、ボソッと言った。

「マジであいつクソだな」

 小さな声で言った言葉の奥に、昭人への怒りと苛立ちが窺えて、私はギュッと彼の体に回した腕に力を込める。

「それに後日、酔っぱらった時に『朱里と生理って字面が似てるよな。赤いところも同じ』って一人で笑ってました。最低……」

 あの時の不快さを思いだしてムスッと言うと、「ガキか」と尊さんが吐き捨てた。

 そのあと尊さんはしばらく黙っていたけれど、ゆっくり歩きながら穏やかな声で言った。

「田村のからかいは論外として、頼むから、職場でもプライベートでも、体調が悪かったらすぐに言ってくれ。男の俺には分からないからこそ、本人に不調を申告してほしいんだ。言われないと、朱里の不調に気づかないまま無理させてしまうかもしれない。『生理は病気じゃない』なんて言う人もいるけど、女性が百人いれば百通りの生理痛やPMSがある。他人の〝普通〟に合わせる必要はないし、自分を大切にできるのは自分だけって考えを、頭に叩き込んでほしい」

「…………はい…………」

 私は昭人とはまったく違う反応をした尊さんの優しさに、思わず涙ぐんでしまった。

 そのあと咳き込み、俯いて彼の顔に咳を掛けないよう努める。

「ごめんなさい」

「謝らなくていい。……っていうか、夫になるんだから看病でも何でもやらせてくれよ。弱ってる朱里も全部見せてくれ。俺の前で強がらなくていいから」

「…………はい」

 体調は最悪なのに、尊さんの優しさが身に染みて気分は最高だ。

 やがていつもの駐車場についた尊さんは、少し迷ってから尋ねてきた。

「後部座席で横になるか?」

「いえ。縦になってるほうが楽なので」

「分かった」

 答えると、尊さんは助手席のドアを開けてからしゃがみ、私をシートに座らせた。

 そして荷物を後部座席に置き、運転席に乗ってエンジンを掛ける。

「つらかったら無理に話さなくていいから」

「大丈夫です」

 少ししてから尊さんはコンビニに車を止め、「ちょっと待っててくれ」と言って店内に入る。

 すぐに買い物を終えた彼は、何やら沢山買い物したビニール袋を後部座席に置き、私にスポーツドリンクのペットボトルを手渡す。

「あと、こっち向いて。気休めだけど」

 車内ライトをつけた尊さんは、私の額に冷感ジェルシートをぺたりと貼った。

「ありがとうございます」

 スポドリを飲もうとしたけれど手に力が入らないな……、と思っていたら、尊さんがヒョイと私の手からペットボトルをとり、キャップを開けてくれた。

「ありが……」

「当然の事をしてるだけだから、お礼を言わなくていいよ」

 尊さんは私の頭をクシャッと撫でたあと、またハンドルを握って車を発進させる。

 私は冷たいスポドリを飲んだあと、しばし目を閉じてシートにもたれ掛かっていた。

 やがて、尊さんがポツリと言う。

「……前に昔の事を話してくれたろ?」

 ノロノロと彼を見ると、尊さんは前を向いたまま淡い笑みを浮かべていた。

「俺が墓参りをして、六本木の駅で潰れてた時、朱里が介抱してくれた話」

「ああ……、はい」

「あの時、吐いてとんでもない醜態晒したのに、朱里はそれを逆手に取らなかった。世の中には色んな奴がいて、誰かに恩を着せたら金や何かしらの礼を望む奴がいる。なのに朱里は黙って世話を焼いて、そのあとも名乗り出なかった。六日にあの話を聞いたあと、心の底から『信頼できる子だな』って思ったんだ」

 当時は半ばやけくそになって介抱しただけだけど、尊さんにそう思われていたとは知らず、ちょっと照れくさくなる。

「その前から朱里を見守って大切にしたいと思っていたけど、ますます『大事にしよう』って思えた。……だから俺も、朱里が体調を崩したらどんな事だってする」

 愛情深い言葉を聞いた私は、無言で涙を流す。

 弱っている時にここぞとばかり優しくするの、ずるいな。ますます好きになっちゃう。

「私……」

 かすれた声で何か言おうと思ったけれど、尊さんは左手でそっと私の腕に触れてきた。

「悪い。無理して話さなくていいと言っておきながら、話しかけちまったな。あとで楽になったらじっくり話そう。今は声を出すのもつらいと思うから、休んでいてくれ」

「ん……」

 彼の厚意に甘え、私は目を閉じてシートに身を預ける。

 そのあと病院について診察を受けたあと、インフルと診断された。

 インフルの薬や解熱剤、ついでに鎮痛剤ももらったあと、私はまた尊さんの車に乗って三田に向かう。

 二十二時過ぎにマンションに着く頃には、熱は四十度近くまで上がっていて、息も絶え絶えな感じになっていた。

「空腹で薬飲むの良くないから、とりあえずうどん食え」

 そう言って、尊さんはコンビニで買ったらしい、アルミの容器に入った鍋焼きうどんを作ってくれる。

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